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□迷子のおさげちゃんに恋をして
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先日始まった中学テニスの夏の全国大会。
今日も会場には、勝ち抜いてきた学校が全国各地から集まってきている。
そして参加校の一つである青春学園。彼らは全国大会二連覇の強豪、神奈川の立海大付属中学を破り関東の頂点としてこの全国大会に臨み、先日初戦の相手である沖縄の比嘉中を下し、今日は同じ都内の学校である氷帝学園との試合である。
青学は氷帝と関東大会で一度当たっていて、勝利している。リベンジに燃えている氷帝とのこの試合は、青学にとってかなり苦しい戦いになるだろう。
そんな彼らを応援しようと、同じ青春学園に通う竜崎桜乃はこの会場に訪れていた。
…のだが。
(あう〜〜試合始まっちゃっうよう…、もう〜〜テニスコートどこなの〜〜)
会場内で迷ってしまい、半泣きの状態で歩き回っていた。
…そしてそんな少女の姿を見ていた青年が一人。
(あの娘、さっきから行ったり来たり…何やってんさぁ?)
左胸のポケットに「嘉」の文字が入った半袖の制服、長めの髪にキャップを被っているその青年は沖縄比嘉中テニス部のレギュラーの一人、甲斐裕次郎である。
彼は飲み物を買いに自販機に来たのだが、そこでうろうろしていた桜乃を見つけて怪訝な顔で眺めていた。
(まさか迷子?こんなところで…?)
あまりに不安定な足取りでふらふらと出口に向かった桜乃に、甲斐は見かねて声をかけた。
「なあ…、」
「!」
急に声をかけられた桜乃はびっくりして甲斐のほうを振り向いた。
ビクビクと警戒心丸出しの桜乃に、甲斐は言葉を選んで優しく話しかける。
「あー…、えっと、やー、さっきから行ったり来たりしてただろ?もしかして迷ってたんかなー、と」
「…あ、はいっ!そうなんです!あの…、あの!」
いきなり声をかけられたときはびっくりした桜乃だったが、どうやら親切で話しかけてくれているとわかると、自分の今の状況を思い出して救世主!と言わんばかりに甲斐にすがった。
「青学の試合が行われてるテニスコートってどこかわかりますか!?」
「青学の試合?なら、あっちやしが…」
今まで桜乃が向かっていた方向とは真逆の方角を甲斐は指差した。
「あ、ありがとうございます!」
「ぬーが、やー青学の試合観に来たんだばぁ?」
「はい、そうなんです!本当にありがとうございました、助かりました!ではっ」
「あ、待った!わんも青学の試合観に来ちゃんやっさー、コートまで連れていってやるよ!」
「! いいんですか?」
「うん」
(コート行こうとして、会場の出入口に向かって行くような方向音痴をほっとくと危なそうさあ…)
会って間もない甲斐に超ド級の方向音痴だと気付かれたことなど知らない桜乃は、親切な人に出会えた幸運を喜んでいた。
「やー、青学の生徒かみ?」
「はい」
「そっか…あ、名前は?」
「えっと、竜崎桜乃です」
「ふうん…、竜崎桜乃、か。わんや甲斐裕次郎、よろしくな」
「はい、甲斐さん!」
にこやかに会話をしながら、二人はコートへの道をたどっていた。
「甲斐さんは、どこの中学なんですか?」
「ん?わんは沖縄の比嘉中やっさー」
「比嘉中?…ってもしかして…こないだ青学と…、」
「そ。わったーはこないだ青学と試合して、負けちまったさあ。竜崎は、青学がわったーとやった試合は観に来なかったんぬか?」
「はい…、その日はちょっと行けなくて、観に行きたかったんですけど」
「そっか。…あ、ほら、コートはすぐそこさあ」
甲斐に言う通り前方にコートが見えてきて、桜乃はぱあっと笑顔になる。
「ありがとうございました甲斐さん!本当に助かりました!」
「いいって。わんもどうせここに戻って来るんだったんだし。ところでさ、やー、一人で来たわけ?」
「はい」
「じゃ、青学のやつらんとこで観るのか?」
「あ、いいえ…私、部員じゃないですし、もう試合始まっちゃってるので皆の応援の邪魔しちゃ悪いですから、この試合終わるまでは一人で観てようかなって思います」
言いながら観戦スペースに入っていく二人。
桜乃の答えに、そっか、と返し少し考える素振りの甲斐。
「んじゃあ、試合終わるまでわったーと一緒にいるか?わん、比嘉の連中と来てるんやしが」
「え?」
「女の子一人だと危ないだろ」
まるで当然のようにさらっとそう言った甲斐に、桜乃はドキッとする。
「そ、そうですかね」
「そうさぁ、ぬーがらあってからじゃ遅いんやし、ほらこっち」
来い来いと手招きされて、いいのかな…と思いながら桜乃は甲斐についていった。