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□そのままのきみで
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「こんにちは、宍戸さんっ」
「おう竜崎!…ん?」
9月のはじめ、この日桜乃は宍戸と一緒に練習をするという約束をしていた。
先に約束の場所にいた宍戸に桜乃が声をかけると、宍戸は返事をしながら振り返って、桜乃を見るなり驚いた顔になる。
「なんか今日いつもと違うな」
「ちょ、ちょっと気分を変えてみたくて…、変でしょうか?」
「いや、別に変じゃねーけどよ…」
この日桜乃はいつものピンクのテニスウェアではなく、黒のポロシャツで、下もスコートではなくショートパンツ。
髪型はおさげでなはなくポニーテールにして、白のキャップを被っていた。
(朋ちゃんと二人で考えた、私の精一杯のボーイッシュな格好…おかしくないかな)
じっと桜乃を見ている宍戸の視線に恥ずかしくなったのか、桜乃は話を変える。
「そ、それより練習始めませんか、宍戸さんっ」
「あ、ああ。そうだな…」
「はい!よろしくお願いしますッス!」
「…え?」
「はい?」
「あ、いや…なんでもねえ。始めるか」
「はい!」
宍戸は一瞬違和感をかんじたものの、そのときは特に気にとめなかった。
桜乃は荷物を置いてラケットを取り出して、宍戸のもとへ向かう。
そしてその日もいつものように二人の練習が始まった。
・・・・・・
「よし…そろそろ休憩すっか」
「はいっ!」
しばらく練習したあと、宍戸が休憩を切り出す。
桜乃は頷いて素直に宍戸に従った。
「あ、そうだ。宍戸さん…あの…、」
「ん?」
「チーズサンドを作ってきたんですけれど、良かったら…食べませんか?」
桜乃は鞄の中からタッパーを取り出して、ベンチに座ってペットボトルの水を飲んでいる宍戸の横に腰をおろすと、作ってきたチーズサンドを差し出した。
(…好物だって聞いて作ってみたんだけれど、私が作ったのも食べてくれるかな…)
桜乃のそんな心配は意味なく、宍戸はなんのためらいもなくチーズサンドに手を伸ばした。
「へえ、くれるのか?んじゃ、貰うぜ」
「はいっ!どうぞ」
宍戸は手に取ったチーズサンドに、ぱくりとかぶりつく。
桜乃はどきどきしながら宍戸の様子を見ていた。
「ん、美味い!ありがとな竜崎!俺、チーズサンド好きなんだよ」
宍戸が無邪気な笑顔で言うので、桜乃もほっとして笑顔を返す。
「良かったです、安心しました…ッス」
「……」
桜乃の言葉に宍戸は急に動きをピタリと止めた。
桜乃はどうしたんだろう?と宍戸を覗きこむ。
「あのよ、竜崎…。ずっと気になってたんだけどよ、お前今日なんか変じゃねーか?」
「えっ?」
今日、桜乃に会った当初から感じていた違和感。
宍戸はついに桜乃に切り出した。
「さっきもだが練習中もちょいちょい変な喋り方になったり…なんかそわそわしてるし」
「へ、変ですか…」
格好を宍戸の好みに合わせた『ボーイッシュ』にした桜乃。
格好だけでなく、言葉遣いや仕草も(桜乃なりに)ボーイッシュに振る舞っていたのだ。
しかし桜乃のその様子は、宍戸にとっては違和感でしかなかった。
なんの意味があるのか、宍戸はただ気になったから聞いてみたのだが、一方桜乃は宍戸に『変』と言われたことにショックを受け、目に見えて落ち込んでいた。
「変…ですか…」
「えっ、いや、変っつーか…」
(なんでこんなに落ち込んでるんだ!?俺、そんなにひどいこと言ったのか!?)
あまりの桜乃の落ち込みように宍戸は意味もわからず焦る。
そんな宍戸の様子には気づかない桜乃は何がいけなかったのか反省点を探していた。
(ボーイッシュさが足りなかったのかなぁ…、どうすればもっとボーイッシュになれるだろう?…あ、)
桜乃は無意識にさわっていた自分の長い髪を見る。
「髪…、切っちゃおうかなあ」
「えっ!!?」
ポツリ、と桜乃が一人言のように呟いた言葉に宍戸は大きく反応する。
どうしてそうなったかは知らないが、今の流れからして自分の言葉が原因で桜乃が髪を切ってしまうかもしれないと思った宍戸はさらに焦った。
「な、なんでだよ!?いきなり!」
「だって私…、もっとボーイッシュな子になりたいんです」
「ボーイッシュ?」
「…あっ!」
桜乃はしまった、と口をおさえる。
ボーイッシュな子になりたいとはイコールで宍戸の好みのタイプになりたいという意味だということを気付かれてしまうかもしれない。
聡い相手ならば、今の桜乃の様子を見れば勘付くくらいはするだろう。
「なんでボーイッシュになりたいんだ?」
「そ、それは…」
だが、宍戸はとても鈍い男だった。
まったくわかっていないという感じで桜乃に聞き返す。
(宍戸さん、全然わかってなさそう…、ほっとしたような、ちょっと残念なような…)
そこで桜乃は少しだけ勝負に出てみた。
「…す、好きなひとの好みのタイプが、ボーイッシュな子なんです……」
「! …へえ、」
(好きなやつ…、いるのか)
桜乃の言葉に隠された意味にまったく気づかない宍戸は、むしろ桜乃に好きな相手がいることに動揺していた。