雑事祓屋〜都市伝説見聞録〜
□6月2日
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昼御飯の後片付けをして、事務所のソファーに座って一息ついたところでお客さんが来た。
美人で、和服熟女…
この『雑事祓屋』の責任者である師匠を呼びに行きながら、いやぁーな感じがした。
だって師匠は、女を全面に出したような人が嫌いだから…
「お待たせしました」
師匠が姿を見せると、ソファーに座っていたお客さんがほぅ…とため息を吐くのが、お茶を出すオレに聞こえてきた。
そうでしょうとも、黙ってたら師匠は文句なしだから
ちらりと師匠を見る。
「柊と申します。何かお困り事が…?」
優しげな微笑は営業スマイルだ。
信じられないくらい綺麗な長い銀髪に、深い紫にも見える黒い瞳、どこか日本人離れしたすっきりとした顔立ち…見上げなきゃいけない身長。
師匠はやっぱりカッコイイ…ほぼ100%、皆この外見に騙されるんだ。
案の定、和服熟女は顔を赤らめながらもじもじとしてる。
「当家所有の土地に建ちますビルのことでご相談がありまして…」
所有の土地…ねぇ……品よくまとめた黒髪、着物は辻が花帯は西陣…バッグも草履も帯と揃えで作ってある。
金持ってんなー
「こほん、左様ですか」
このこほんは、オレに向けられたものだった。
女性を見つめすぎたか…
「私は守屋沙織里(もりやさおり)と申します…実は」
要は和服美女の家が持ってるビルに幽霊が出て困っている…と。
たったそれだけの事を、このおばさんは話を引き延ばしながら話す。
「…でね。そのビルの…」
目はうっとりと師匠を見たまま…まぁ、毎度の事か。
こんな時のオレの役目は決まっている。
契約書をペロリと出し、守屋さんにボールペンを渡す。
「こちらにお名前をどうぞ」
さっさと仕事を引き受けてお帰り願う。
それがオレの役目。
「あ」
ぽろりと師匠がこぼした。
ちらりと師匠の方を見ると、片眉が微かに上がってる。
…オレ、なんかまずい事したらしい……
「これでよろしいかしら?」
サインをしてにっこり微笑む熟女に、いつ下見に行くか、もし霊障があるようならいつ祓うかを説明する。
「ええ、そうですね。お任せいたします。ビルは廃ビルとなっておりますので、お好きなようになさっていただいて結構です」
「全壊しても?」
「は?」
むぎゅっと師匠が押し退けてくる。
「なんでも。それでは守屋さま、報告書ができましたらお持ちいたしますので」
「ええ。そうですね…」
師匠が切り上げてお帰り願おうとしても、のらりくらりとして熟女さんは帰るのを引き延ばしては師匠を見て顔を赤らめている。
参ったな…
お茶漬けでもすすめれば帰ってくれるかな?…でもカネヅルは手放したくないしな…
「守屋さま、大変申し訳ございません、柊はこれから別件のお祓いがあるもので…」
「あら!あら…そう…しかたないわね」
何が?
「ではよろしくお願いいたしますね」
名残惜しそうに…ほんっっとうに名残惜しそうに熟女は席を立つ。
思ったよりもあっさり帰ってくれてホッとした。以前、ご主人に引き取りにきてもらったご婦人もいたから…
ちら…と師匠を見ると、にこやかに客を送り出しているところだった。
…背も高いし、カッコいいけど…師匠の素を知らないんだよな。
「ハルキ!」
うわっきたっ!
「こっち来いや」
客相手の穏やかな言葉は微塵もなくなって、元々の関西弁が出てくる……にしても機嫌悪い。
これ以上機嫌を損ねないように傍に飛んで行くと、いきなり頭を掴まれてキスされた。
「…んっ…ちょ…ししょ…」
「やかましい。黙れ」
舌を絡めとられ、くらくらしながら腕にすがりつく。
「…ん…っぷは…」
頭がぼぅ…となり始めた頃、やっと解放されてソファへと倒れ込む。
「し…ししょ…?」
見上げると、師匠の目が事務所の扉を睨みつけている。