短編
□豆まき?いいえイジメです。
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鬼道は、走り続けていた。
後ろの豪炎寺がやけに静かになったことに嫌な予感はするが、立ち止まることはできない。
―――円堂に続いて豪炎寺の急襲か…。
―――あいつらは一体何がしたかったんだろうか?
―――というか、俺はどうし………
「鬼は外だぜぇぇぇえぇぇ!!!」
突如、荒れた足音が廊下中に響き渡った。
それと同時に、鬼道の背後を豆が襲う。
しかし鬼道は、前だけ見ていたはずの瞳を、背後からの豆に鋭く光らせた。
「俺の……俺のモノローグを遮るなぁぁぁぁぁ!!!!!」
マントがふわりと浮かぶ。
鬼道の背から離れたマントは、一瞬の間だけ宙を舞い、目にもとまらぬ速さで両端を鬼道に掴まれーーー豆と対峙する鬼道を守るように、彼の正面を覆った。
大量の豆がマントに柔らかい衝撃を与え、地に落ちようかとするまさにその時。
マントが空を斬った。
鬼道に向かっていた全ての豆は、来た道を辿るように、飛んでいく。
「っ!?」
ゴーグルの奥の瞳が、豆を投げた張本人ーーー染岡を捉えた。
「染岡…悪く思うな」
「うがぁぁぁぁぁぁ!!!!」
放った全ての豆が、染岡の全身を強く打ち付けた。
鬼道はそれを確かめることなくマントを翻す。
そして背後で、盛大な爆発音が……
「染岡くん!?」
爆発音の代わりに聞こえて来たのは、そんな叫び声。
鬼道が振り向くと、そこには吹雪の姿があった。
「……吹雪…」
「鬼道くん…もしかして、これは君が……」
「今のは爆発するところだろう」
「それは特撮の見すぎだよ!染岡くんを爆発させる気!?」
吹雪の言葉に、鬼道は少し憂いの表情を見せた。
俯いて、何かを決めたようにもう一度口を開く。
「悪は…倒す。たとえ仲間であろうともな」
「…………………誰かああああ!!鬼道くんの頭がついにやられたよおおおおお!!!」
元からやられてる、と呻いた染岡を、鬼道がさりげなく廊下の隅へとどかす。
「……そっか。そういえば、君は鬼役だったね…。それなら、遠慮はしないよ!!」
小さく呟く吹雪の周りが、うっすらと白く輝きだした。
それが吹雪の纏う冷気だと気づき、鬼道が走り出そうとした時には、もう遅かった。
「……行け、吹雪!」
「!?そめお、か…っ!?」
廊下の隅に伏していた染岡が、逃げようとする鬼道よりも一足早く豆を放る。
鬼道の顔をかすめるようにして、無数の豆が彼の横を勢いよく通り抜けた。
ーーー外れた…?
ーーー……いや…これは……まさか!
鬼道は、咄嗟に豆の進路へと振り返った。
いや、正しくは、彼は背後からの冷気を悟って振り返ったのだ。
ーーーわざと『外した』…!?
冷気の中心で、吹雪はある構えをしていた。
見慣れたその構えが何を意味するのか、鬼道が知らないはずも無い。
「エターナルブリザード…」
呟くような言葉は、冷たい風に掻き消されそうになりながら、それでもしっかりと鬼道の耳に届いた。
ーーー豪炎寺と同じ手…
ーーーどうしてすぐ気づかなかったんだ…!
吹雪の纏う冷気が、鬼道を通り越し、近づいた豆達を氷の塊に変えていく。
地を蹴る吹雪。
鬼道は、動けない。
「はあぁぁあぁああぁ…あっ!?」
パリン!
響いた音は、あまりにも無情であった。
しかし皮肉にも、それは美しかったのである…。
「残念だが、吹雪。俺は今、動けなかったんじゃない。動かなかったんだ」
「なっ…まさか!?」
「そうーーー元々水分の少ない豆が凍れば、お前がエターナルブリザードを決めるまでの蹴りには耐えられない。それを見越していたのさ」
ーーー嘘だけど。
「流石は鬼道くん…僕の負けだ。……ごめん染岡くん…仇を…うってあげられなくてっ…」
「一応言っとくけど俺別に死んでないからな」
膝をついた吹雪は、粉々になって降り注ぐ豆達を見つめると、哀しそうに微笑んだ。
「君たちも染岡くんも、風に…風になれたんだね…!」
「希望という風にな…!」
「おい鬼道黙れドヤ顔やめろ」
そして、鬼道も風のように、吹雪の前から姿を消した。
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