[Angel's wing]

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ここでは名前は必要ない。だけど私が沖田 羽央という名前になれるまでどれだけのことをしたか。


ひとつずつ総司と手にしていったたものが私を作り上げたの。それがなくなったら私じゃない……


昔はどんな罰だって怖くなかったでしょ?


『返してくださいっ……ぅぅ………ぅっ……お願いっ…しま……すっ…』


“うまくいくじゃろか…”諦めたような声に顔を上げるとおじいさんは少し考えこんだ様子で腕を組んでいた。


「薄めたものを元通りにするにはおまえさんの心にどれだけはっきりと残っているかによるんじゃ。」


“大丈夫です”と返事して掌で濡れた顔をぬぐうと、試してみようということになり目を閉じた。


深呼吸すると頭のあたりが温かくなってその熱は体中を巡っていくような感覚がある。


地上でのことが走馬灯のように見え、場面が変わる度にその時のことを思い出す。


幸せだったことも苦しかったことも色々あった。移植手術が終わった後の総司と対面した時が見え、胸が張り裂けるような気持ちになるはずだった。


だけど、あの時のような絶望感はなくて心は冷静なまま。感情が戻っていないという焦りに耐えたかれど、どの場面を見ても心は動かない。


『戻って……ない……です……』


止まらない涙は私の涙に変わる。失ってしまったものを取り戻せなかった……


“どうしたらいいんかのう”

“先人に知恵をお借りしてみませんか?”


二人の感情が伝わってきても可能性に掛けようという気が起きない。鮮明に覚えてると思っていた総司との別れさえ感情は波打たない。


シャランーーシャランーー


繊細な音は壺に水が落ちた時のような響きに似ていて、次第に近づいてきている。


驚いたように振り返った二人は何かに気づいたようで膝まづいた。誰が来たんだろうと伺い見ると歩いてきたのはあの女の子。


家に来た時より表情が大人びていて貫録さえ感じる。偉い人なの?


おじいさんが状況を説明してるのが伝わってくる。女の子は咎めるでもなく黙っていた。


「われに任せてくれぬか?しばし二人きりに。」


女の子の言葉を聞き、二人は姿を消した。話し方が違うだけで別人のように凛々しい。私は涙をぬぐい言葉を待った。


感情が混乱してるようだから話すことにすると、女の子は前置きした上でこう言った。


「すまぬ、われを童と思っただろう。ここに上下の関係はないが、魂の成長が進めば進むほど容姿が若くなっていく。貴方がここに来た時、われの鈴の音を聞いたはず。聞けるものは稀なのだ。

興味を持ち遊びに行ってみたらその理由がわかった。揺るぎない愛がある。ーー貴方の周りには輝くものに満ちていてよい気が流れていた。

しかし、欠けているものも。それを埋められらるのは自分自身のみ。われにできることはきっかけを与えるだけだがやってみるか?」


『お願いします。』


頷いた女の子は私の前まで歩いてくると座っていた私の首元に抱き着いてきた。


はじめは空気のように軽かったのに、だんだんと重みを増し子供位の体重に。


ケイティもこのくらいだった……


「おかあさん……」


耳元で聞こえたのは確かに子供だけど男の子か女の子かわからない、知らない声。


嬉しそうな……優しい声に心の奥がぐらつく。


そう呼ばれたいって何度夢みたことだろうか。総司の子供を授かれるならどんなことだってするって思った。


今の私で無理なら、生まれ変わった時にはって……誰にも言ったことのない気持ちがあふれ出た。


喜びなどなかった。悲しくて苦しくて自分が嫌と思うくらい卑屈な想い。


それでも総司の愛が私を包み込み癒してくれた。自分の力ではどうにもならないことがあっても、揺るぎない愛が生きる力を与える。


『ぅぇっ……ヒック……ぅっ……』



私から揺るぎない愛を感じたなら……それは総司がくれたもの。涙が次々と零れ落ちて気持ちのやり場がない私を、彼女がきつく抱きしめてくれた。


総司………


みんなの幸せを願うことは人として素晴らしいことだけど、私は自分の願いを捨てきれない。


人に生まれ変わりたい。総司と一緒に生きたい……


『私には…っ……ここに……いる………資格が…ないっ……』


小さな手が私の背中をポンポンと小気味よく叩いてくれる。


「貴方がここにいる意味は十分にある。タメにどれだけの光が降り注いだが知らぬだろう。しかし、迷いなき選択を誰が止められよう。」


“大丈夫”という声が頭に響く。私の願いを知った上での答えだと気づき、どくりと心臓が大きな音を立てた。


女の子は体を離すと、驚いている私の目元を指先でなぞる。


「止まった。正しい答えに辿りついたということ。」


にっこりと笑った女の子はまっすぐな瞳で私を見つめていた。


タメに届く光がどれほどのものか、私の家に遊びにきて納得したって。彼等の代わりにありがとうという謝意が伝わってくる。


自分の我儘を通そうとする私にはその微笑みが眩しすぎて、鼻の奥がツンとした。
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