[Angel's wing]

□115
1ページ/4ページ


心が満たされる風景の中、どれだけの時間が経ったのだろう。


ソファーに座り湖を見つめていると、窓の外に小さい女の子が現れ部屋の中を覗いてる。赤い着物を着ていてくりくりした目が可愛いらしい。


突然の出会いだけど驚きは特になくて。彼女と波長があったのかなと思った。


“綺麗だねぇ〜!”


伝わってくる感情に“私が昔住んでた所なの”と考えるだけで“そうなんだ!”と彼女の思いが伝わってくる。


女の子ははしゃいでるのか跳ねるように歩き始め、何かしたいのか意識に問いかけたけれど答えはなくて、声をかけた。


『さ……散歩してみる?』


久しぶりなせいかうまく声が出なかった。でも伝わったのだろう。頷きながら“はい”と元気に返事してくれた。


湖の周りを歩くと彼女は木々の隙間から空を眺めたり、とても楽しそう。


人が楽しそうにしてるのを見ているのが好きだったな……


家に戻ってくると“また遊びにくるね”と女の子はどこかへ行ってしまい、また一人の時間が過ぎていく。


寂しいって思わないのはここに慣れたということなのかな。時というものが現実を受け入れさせる力があると知っているから、違和感はなかった。


暫くしてまたあの女の子がやってきたーー


「湖でお舟を浮かべて遊ぼう!お舟作れる?」


『作れると思う。湖に行ってみよう。』


家よりも簡単に出来上がったカヌーに私が先に乗り込み手を差し出すと、すっと手を置いた女の子の仕草が優雅で見とれてしまった。


『あっ、そこに座って?漕いでみるね。』


オールで漕ぎだすと水の揺れる音が聞こえ、カヌーはゆっくり進み始める。


前に座っていた女の子は時々振り返り、私の顔を見るから笑顔を返すけれど、思考が届くことはない。


森を散歩した時より彼女の表情は穏やかで楽しそうな顔は見れない。カヌーはつまらなかったのかも。


私は、みんなと過ごした時を思い出し懐かしかった……


湖を一回りして陸にカヌーを着けると、ぴょんと飛ぶようにして下りた女の子はじっと私の顔を見てる。


『どうかした?』


「ううん。じゃあねー!」


そう言うと一瞬で姿が見えなくなった。波動を外せば消えてしまう。どうして彼女は私の所に来るんだろう……


程なくして変化が起こった。ソファーで魂達に光が届くようにと目を瞑り願っていた時の事、何かが頬を滑り落ちた感覚で目を開けるとすぐに視界が歪む。


『涙?どうして……』


頬を指で拭うと確かに濡れているのに、心は平穏そのもので涙の理由がわからない。目がどうにかなってしまったのかとも思ったけれど、病気になるはずがない。


いつか止まるかもとただその時を待っても、涙は止まらなくてどうしたらいいんだろうと考えこんでしまう。


泣いてるのに心は冷静で、自分のことじゃないみたい。自分では止められないの?


神界のことを教えてくれた彼女なら対処の仕方を知っているかもしれない。


部屋を出ると彼女の空間が広がっていて部屋の戸を叩いた。


『すみません、少しお時間いただけませんか?』


扉を開けた彼女は私の顔を見ると落ち着いた声で聞いてくる。


「どうして泣いているの?」


『わからないんです。涙が止まらなくて……』


涙が落ちて濡れていた服に彼女が手を当て離すとそこにはもう乾いた。それでもまた涙が落ち布に痕を残す。


「悲しくはないでしょう?」


『はい。』


私を見つめ少し考えた彼女は“彼に会えるかしら”と呟き、一緒に外に出ると彼に会いたいと目を瞑り願った。


空気が変わった……目を開けると初めて私がここにきたような風景が現れ、険しい表情をした老人がいる。


『涙が止まらなくて……何か方法があれば教えていただきたいのですが。』


その時、二人が視線を交わしたのを見て何か嫌なものを感じた。私にはわからないように会話してる……


「涙は心の訴えじゃ。以前、倒れた時にそなたの執着を少しばかりぼやかしたことが原因かもしれん。」


『執着って……何なんですか?』


難しい顔をしているおじいさんに問いかけると、私の肩に優しく手を置いた彼女が説明してくれた。


「人、物、場所。どれでも思い入れが強すぎれば執着になる。あなたが倒れた原因はそこだったから、彼が執着を少しそぎ落としたの。

あなたが経験したことは財産だから記憶はそのまま残ってる。そうでしょ?」


残ってるけど……思いをそぎ落された記憶って……気持ちがあるから大切なのに……


ここが穏やかで幸せだなって思えたのは、私の心が大事なものを忘れてしまっていたからだったんだ。


全部、返して欲しい……迷いなくそう思うのに声にできないのは最初に私の想いが下界と繋がると言われたから?


気持ちが戻ったらそれはここでは不要なもの。そのせいで誰かに悪いことが起きてしまうかもしれないと思うと怖い。


それが本当に一番怖いことなの?総司を想っても懐かしいという感覚しかなくなっていることの方が怖い。


自分の命を懸けても守りたいものだった……


感情を思い出そうとしても心は凪のままで、悔しさに手を握りしめた。


愛してたのに……忘れるなんて……


膝から崩れ落ちた私は地面に手をつき土下座するように体を丸めた。


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ