[Angel's wing]
□114
1ページ/6ページ
結局すぐに日本から戻りタクシーで家に向かう。前方を見ていたら男が道の真ん中にしゃがんでいるのが見えた。
かなり先だからぶつかることはないだろうが……
車に気づいたのか立ち上がって路肩に歩いていく。通りすぎる時に見えた顔は少年で、手にあった石を路肩に投げた。
スピードを落とさず進む運転手に車を停めてくれるように頼むと、緩やかに減速した車がハザードランプと共に止まる。
「ちょっと待っててくれ。」
下りてみるとその少年はだいぶ後ろにいて俺は駆け寄ると声をかけた。
「何をしてるんだ?」
「石拾ってるだけだよ。なんでそんな怖い顔してんの?あ──!?」
突然聞こえた大声に眉をひとめると“あんただ!”と聞いてもないのに話を始めた。
少年の名はテッド。夏に親戚の家に行くときに俺を見かけたらしく、やってみたいと思ったそうだ。
スニーカーにジーンズで今時の若者といった感じで悪さをするようには見えないが、何かうさん臭いものがある。
「どこまで行くつもりだったんだ?」
「決めてないけど。帰りたくなったら帰るよ。」
“石を路肩に投げても意味ないぞ”と教えると、急かすようなクラクションの音。俺が戻ろうとすると連絡先を聞かれた。
スマホの番号を一度だけ言い車に戻った。すぐにスマホが震え通話ボタンを押す。
「さっきの人?」
「ああ。記憶力いいんだな。」
「なんで路肩にどけても意味ないの?教えて。」
隠す必要もないと教えてやると、石は持ってくの?どうやって?どこに?と質問攻めに。答えていると、俺の家まで石を持ってくると言いだした。
「好きにすればいい。」
“わかった”と軽い返事が聞こえ電話を切った俺は、奴に石を運ぶだけの根性があるようには思えなかった。ガキの気まぐれ……そんなところだろう。
家について荷物を整理しているとインターホンが鳴り、まさかという思いでドアを開けた。
そこにはジーンズのポケットに山盛りに石を詰めたさっきの少年。あそこから歩いてきたにしては早すぎる。
「ああ、石一杯になったからヒッチハイクでそこまで乗せてもらったんだ。これ、あそこに置いていいの?」
要領がいい奴だが、裏があるタイプには思えねえ。そのまま帰すのも悪いかと飲み物を出し一休みさせてから帰すことにした。
「はー美味かった。ここに一人で住んでんの?」
「そうだ。」
“窓が額縁みたいだな”と呟いた表情は悩みを抱えているようで、帰ることを促すことができず俺はお茶を飲んだ。
飲み物がなくなったタイミングで、夜道にヒッチハイクは危険だと夕方には帰るように言うと“一緒に石を拾ってもいい?”と聞かれた。
「好きにすればいい。」
大体決まった時間にしてるから教えてやると“サンキュー”と明るい顔は出会った時の印象と同じ。
一人で石を拾うなんて、普通の奴はらやねえか……今の生活から取り除きたい何かがあるのかもな。
誰かと一緒にやるつもりなどなかったが、やりたいならやればいい。石を運ぶ所までやるとなると重労働だ。
平日の昼間だというのにテッドは約束の時間に来て、一緒に石を拾い運ぶ。雪が降るまで二カ月近く週三回この作業を続けた。
学校に行ってるはずの時間。俺は何も聞かず、家に着いたら何か食べさせてから帰らせる。雪が降って“春まで作業はしない”と俺が言うと少し残念そうに“わかった”と。
「俺、学校行く。」
「そうか。」
「土方さん……ありがとう。またメールしてもいい?」
「いつも勝手にしてくるだろ。」
「そうだけど。それじゃ、また。」
だが、メールが来ることはなく一人の日々に戻った。春になり作業を始めた俺だったが、自分からテッドに連絡はしない。
学校生活がうまくいってるなら、石など拾わないだろうしな。
暖かさより日の長さで季節を感じるようになったのは、ここで暮らした時間の長さだろうか。
テッドからの連絡が来て学校のない日にまた石を拾いたいというから、土曜の午後に予定するとそこに来たのはテッドと友達だというひょろりとした男。
正直、途中で根をあげると思ったが結局家まで石を運び食事をすることに。前より感情がこもるテッドの笑顔を見て嬉しくなった。
テッドが連れてくる人数が少しずつ増えたのは学校でサークルを作ったかららしい。
「テッド、サークルなら別にやればいいんじゃないか?俺と一緒じゃなきゃいけないってこともないし。」
「そうだけど、石を積む場所がここだから。いない時にきたらまずいよね?」
確かに、拾った石を置くのは私有地でなければいけない。アリアは構わないと言っていたから大丈夫だろう。
“いつ来ても大丈夫だ”と俺が言うとハイタッチを求められ仕方なく手を出す。俺らしくないがそういう関係も面白いもんだ。