[Angel's wing]
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何も持っていないような軽さの魂。総司は懐かしい我が家のリビングにいて、窓から夏の光が照らす湖が見える。
『総司!私の声が聞こえる?』
心のままに叫んでも、何の反応もなく私は映像を見るしかなかった。
総司は、窓際のスツールでコーヒーを飲んでるみたい。
何か音がして振り返るとそこには私がいて、乾いた洗濯物を寝室へ運んでいる。今度は二階へ。何度となく行き来する私をその度見てたの?
一緒に食事したり外出すれば視線を合わせるけれど、お互いが別のことをしている時はそれぞれだって思ってた。
でも……違ってた……
“羽央、がんばってるね。いつもありがとう。”
伝わってくる気持ちに涙が溢れ頬を滑り落ち、嗚咽が漏れる。
『……ぅっ……ヒック……っ……』
総司はいつも言葉にしてくれる人だったから、何度となく言われたことがある。
でも、言葉にしない時も思っていてくれたことが嬉しくて総司を想う気持ちが湧き上がってくる。
私はこんなに素敵な人と……生きてこれたんだ……幸せを実感するとまた涙が溢れた。
『総司……ありがとう……』
何度となく涙ながらに総司の名前を呼んでも、私の声は届いてないみたい。
少し気持ちが落ち着いてくると、どうして総司がここにいるのか、輪廻してないのか疑問ばかりで。
『あれからどうしてたの?教えて?』
切実な願いも届かず、焦り始めた私は腿の上に総司の魂を置いてみた。
浮かない……私が見つけた時には確かに浮いていたのにどうして?
ここにある魂たちは変化が終われば浮きあがり一人でに昇っていく。浮いてた総司は輪廻できる状態だったのかな……
私のせいだとしても、触れずにはいられなかった。ごめん、総司……
魂を持ち上げそっと胸に抱きしめると、一人じゃないって不安が少し薄れる。
きっと総司もみんなと同じように天に昇れるはず。声をかけ続けてみよう。
『総司、最期覚えてる?』
『どうしてここに来たの?』
『私の声聞こえない?』
次々、質問していったけれど答えはなく、見える映像も変わらない。総司が感情を揺さぶられた場面なら私の想いも届くのだろうか。
『病院から逃げだした私を見つけてくれたね。』
『パンフレットで喧嘩したね。あと本のことでも……私のせい。ごめんね。』
『いっしょに見た星空、綺麗だった……』
一つ話し終え様子が変わるか待つものの兆しはなく、次の話へ移る。何十年と一緒にいたのだから、色んなことがあった。
諦めずどんなことでもいいと話しかけていっても、話題がなくなってしまう時がやってきてしまう。
『少し、散歩しようか……』
立ち上がった私は総司の魂を落とさないように両腕で胸に抱きかかえ、ゆっくりと進む。
総司の記憶は他愛もない家での一日が繰り返されていた。恨みも助けも求めていない穏やかな心でいることが救いだ。
総司がここに来たのは理由があるのかな……
コウちゃんみたいに抱えていた思いを手放すことができれば魂は、昇っていける。
自分の力で浮くことができていたんだから、気持ち一つで昇れるはず。
『総司……何か心残りがあるの?地上で命が尽きたら輪廻しなきゃ。ここは総司がくるべき所じゃないよ?』
話しかけた途端、記憶が乱れ私は魂を目線まで持ち上げた。どんな変化も見逃したくない……
意識を集中させると目を瞑らなくても伝わってくる、総司と誰かのやり取り。
「僕は生まれ変わるつもりはないです。今、生まれ変わっても意味ないし。」
眩しくてどこも真っ白。誰と話してるのかわからないけれど、聞こえてきた声は落ち着いた男性のもの。
「あなたにはまだ学ばなくてはならないことがたくさんあります。」
「そんなことはわかってる。僕が完璧だとは思わないよ。ただ、羽央がいない世界に生きたって生きる意味がない。学ぶこともない。彼女の命が尽きるまで僕は同意しない。」
沈黙は決意を見極めるためだと感じたから、“絶対譲らないよ”と心の中で思う総司。
「その決意は皆の流れを乱すもの。ここへは置いておけません。自分の力で輪廻するというのであれば認めましょう。先に言っておきますが、あなたが待っていても彼女と出会えるとは限りません。」
「わかってる。でもそんなの関係ないんだ。」
それ以上総司は何も言わなかったけれど、心の中で“羽央と絶対会える。死んで切れてしまうような軟な糸で繋がってない。”って……
うん、そうだね。会えた──…
目を背けたくなるほど眩しい光を感じた総司のまわりは、どんどん暗くなっていく。
見覚えのある動きがある霧のようなもの……
総司の魂が覚えてるのはここに落とされた時点で、また家のリビングが見え始めた。