[Angel's wing]

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三人での夕食を済ませ、書斎の整理を始めた。どれも思い入れがあるものだけど残したままにはできないから。


本棚にある本や資料を纏め、総司が最後に書いた本だけ持っていくことにした。


パソコンのデータは一瞬で消せるから今はこれを終わらせないと。荷物をドア近くに運んでいると額に汗が滲む。


がらんとした本棚を見るのは買った時以来。あの頃を思い出していると、部屋の外で私を呼ぶ声が聞こえドアを開けた。


「羽央、お風呂どうする?ヒジーは後でいいって。」


『そう、じゃ入ろうかな。片付けも一段落したし。これは処分する。』


首元にタオルをかけ頬が火照っているアリアが私の足元にある束に目を向けると、すぐに視線は私の背後に。


「これが総司の書斎かぁ〜」


“どうぞ”と私は一歩動き部屋を見えるようにすると、アリアは中に入り興味深げに見渡す。


アリアにとっては普通の部屋。これといって興味を引いたものはないようですぐに下へ降りていく。


私も浴室に行きゆったりと湯舟につかると、ぼんやりと窓の外を眺めた。決めた道を進むだけでいい……深く考えることは感傷的になってしまうから……


寝室に行くとスマホを手にしていたアリアに声をかけた。


『お義母さんに連絡入れた?』


「うん。ケイティはもう寝たって。いい子にしてるみたいだからしばらく預けられそう。それより、ヒジー空港まで一緒に行くんでしょ?日本には行けない?パスポート偽造したらいけそうじゃない?」


あっけらかんと言うアリアは本当にそれができると思ってるみたい。


『土方さんは戸籍もないし……国籍が取れる方法があるならなんとかしてあげたいけどいい案がなくて。』


「私もそういうのわかんないし。旦那の同僚の知り合いに弁護士いたの。今度、聞いてみる。あっ、言いたいことはわかってる。具体的に話しすぎるなってことでしょ?」


『そう。色々あるから無理に話しは進めないで。』


“まかせて”と頷くとアリアはバックからパスポートを取り出した。


「ヒジーが行けないから私が羽央と一緒に日本に行く!」


駄目だということはわかっているのに、笑顔のアリアが目の前にいて胸が熱くなる。それでも、厳しい表情で私は頭を横に振る。


『それはできない。私が一人で行くことに意味があるの。』


スタンドの光が照らす部屋はうす暗いけれど、アリアの瞳がはっきりと見える。


「このまま別れるなんていやなの!」


ふいと私に背を向けたアリア。今しかないと私は自分のバッグを手にすると彼女の枕元に座った。


“これを受け取ってほしい”と声をかけると、上体を起こしたアリアは私の手にあるバッグの中身を見て眉をひそめる。


『この家に掛かる経費をこれで払ってほしいの。税金や補修、アリアには負担をかけたくないから受け取って。』


「こんな大金受け取れるはずないじゃん。」


『あげるんじゃないの。これから必要になる分を預かるだけ。土方さんが病気になったらかなりかかるし。アリアが頼りなの。』


「そう言われたら……仕方ないけどさ……」


沈んだ声を聞くと嘘は言えないけれど希望を持たせてあげたくなった。


『何もなかったら帰ってきて1ドル残らず返してもらうから。クローゼットの奥の金庫に入れてておくね。これ、スペアキー。』


「わかった。帰ってきてよ?」


肯定することはできなくて返事の代わりに笑顔でハグすると、出会った時の顔が頭に浮かぶ。


色々あったね……懐かしい……


『明日はお互い移動だし、もう寝よう?』


“そうだね”と寝る姿勢になったけれど、アリアのスマホの明かりはしばらく消えなかった。


翌日、アリアを空港まで見送った足で私達も駅へと向かう。


電車は定刻通り出発し、私が空港でアリアと撮った写真をスマホで見ていると横に座った土方さんが呟いた。


「あいつ不安そうな顔してるな。」


『ええ。重たいもの背負わせてしまったから。アリアのこと……よろしくお願いします。』


「あいつなら大丈夫だ。」


何を根拠にそう言うのだろう。土方さんは新聞を広げてしまいその答えは聞けなかった。


腰が痛くなるほど長い時間を過ごし、電車は目的地に。


『やっと着きましたね。』


ホームに降り立つと流れる空気にはいろんな匂いが混じり、都会にきたなと一歩踏み出す。


空港の近くのホテルにチェックインできたのは深夜で、シャワーを浴びて早々にベッドに入ると大きく息を吸い込んだ。


電車の中では土方さんと時折、話しをしたけれど時間が進むほど私は窓の外に流れる景色に目を向け、交わす言葉は減っていった。


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