[Angel's wing]
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じっと見つめあうことなんてないからなんだか緊張してしまい、私が口火を切った。
『もう、三年になるし……どうするつもりなの?』
「心理カウンセラーになりたくて心理学とか勉強したいの。ここの大学に心理学科はないから……家の近くの大学に心理学科があるからそこを受験しようと思ってる。」
『そう。頑張って応援する。』
「それだけ?」
スポーツ関連の道に進むんだろうと思っていたから、全然違う職業を目指す驚きはある。だけど……
『アリアが自分で考えて決めたことでしょ?人を助ける仕事……素敵。一緒にいれなくなるのは少し寂しいけれど、二度と会えなくなる訳じゃないし。成長した姿を見る楽しみができる。』
アリアが悩みをもった人の話を聞いてアドバイスしてる姿が頭に浮かんで、きっと実現させることができる気がした。
スポーツ系に行こうとしていた時よりも、強い意志を感じる瞳のせいかアリアの表情が締まってみえる。
まだ一年あるとはいえ、きっとあっという間に過ぎ去っしまうだろう。
日本のような入学試験はなく、成績表を希望大学にオンラインで送ると合否がすぐ出るらしい。
どの学科を重視するとか大学が提示する概要に合わせて、いい成績をキープしておかないといけないから気が抜けないそう。
新学期が始まったころは少しナーバスになっていたアリアだけど、勉強時間を増やした分成績が上がって順調みたい。
総司の命日はアリアのお父さんも来て、去年以上ににぎやかな一日になった。
カレンとエレンは少し背が伸びてて、半年ぶりの再会にはしゃぎすぎてビクトリアに怒られてたっけ。
笑い声が家中に響いてたなぁ…
アリアの為に私ができることといったらバランスのいい食事を作り、勉強の邪魔をしないようにと少し距離を取ることくらい。
“合格したよ”と電話をもらった時は、自分のことのように嬉しくて泣いてしまった。
「なんで羽央が泣くのよ。」
『アリアすごく頑張ってたから……思いだしたら泣けてきちゃって……』
ぐすりと鼻をすすると“ケーキ作ってよ”の一言で笑ってしまった。バスケを辞めて太るからと甘いものは食べないと言ってたアリア。
日本でいう願掛けしてたのね……
『もちろん!久しぶりすぎてうまく焼けるかわからないけど頑張る。』
キッチンに行くと安心して漏れたため息に合否を気にしていた日々が終わったんだなって思った。
できたシフォンケーキをもっていくとアリアは四分の一を自分のお皿に。
『さすがにそれは大きいすぎない?』
「いいの!もう食べたくないってくらい食べたいんだから。いただきます!」
“いただきます”のイントネーションは日本人みたいになったよね。
これからどういう動きになるんだろう……合否がわかるまでは聞けなかったことを質問した。
「入学は九月だけど少しでも学費稼ぎたいからバイトするつもり。卒業式にはお父さん来るって言ってたし、その時に一緒に戻ろうって言ってた。荷物は送る形になるかな……」
『アリアが頑張りぬいた姿を見てもらえるのね、よかった。』
「うん。羽央も来てくれるんでしょ?」
『えっ、私?行ってもいいの?』
「当然でしょ!羽央が毎日私を学校に送り迎えしてくれて、食事作ってくれて一番感謝してる人なんだから。高校生活の最後を見てほしいよ。」
『アリアがそこまで言ってくれるなら行かせてせてもらおうかな。』
「うん。あーあと少し食べようかな。」
アリアのお皿にあった大きなケーキはもう跡形もなくなっていて、大皿を引き寄せてた。
『私はもうこの一切れでお腹いっぱいだからあとはアリアが食べて。』
「さすがにこれは……いけるかも?」
顔を見合わせて声を上げて笑うと、なんだかツボに入ってしまいお腹がいたくなるほど笑った。
卒業式まであと三か月。こんな風に笑ってすごせたらいいーー
土日だけという条件でカフェでバイトを始めたアリア。仕事が終わる少し前に行って、コーヒーを飲むのがお決まり。
動いてるアリアを見るのが目的だというのは内緒だけど、私が思っていた以上にお客様に合わせて柔らかい対応してる。
車に乗り込むとアリアのスマホの音がした。画面に触れたアリアはため息交じりにバックにスマホを仕舞った。
「羽央……卒業式、オリビアも来るみたい。」
ドアに頬杖をついて外を見つめているアリアの複雑そうな顔をみたら“そう”と短く答え、アクセルを踏んだ。
総司の命日の時にはオリビアが何か話しかけてアリアが答えているのを見たから、少し関係が良くなったとは思っていたのだけど。
名前で呼ぶようになっても“親”として卒業式に出るとなると、実母のことを覚えているアリアにとっては複雑な心境になるだろう。
オリビアの方も、アリアのペースにまかせて心を開いてくれるのを待っていた。アリアの親になる覚悟があると伝えたいとしたら出席するのは当然のことだし。
それぞれの気持ちがわかるからこそ、なんとかしてあげたくなる。でも、みんなの想いはどれもまっすぐで私が口を出すべきではない気がした。