[Angel's wing]
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総司の書斎で動画を何度か見た後、息を吸い込むと体の隅々まで酸素がいきわたるのを感じる。
少しずつ前に進めていたと思っていても、ふり返ってみるとほんの少し前に進んだだけでこんな風に心が落ち着いたことはなかった。
『今日、誕生日なの。総司に会えてうれしかったよ。また会いたくなったらみるね。』
寂しさも悲しさもきっとそれは総司も同じで、私もいつか死が訪れたなら再会することができるはず。
窓を見ると細かい雪が視界を狭めるほどの勢いで降っていて、スノーシューをするのはあきらめよう。
『のんびりするのも悪くないか……』
コーヒーを二つのマグカップに注ぎ、リビングの大きな窓の所へと持っていく。
アリアが一緒に住むようになって出さなくなっていた総司のマグカップからも柔らかな湯気がのぼり言葉なくとも一緒にいた頃みたいだった。
アリアを迎えに行く頃には雪はやんでいて、日が落ちてからぐっと気温が冷え込み頬にあたる空気は刺すように痛い。
アリアはお腹をすかせてかえってくるから夕飯はもう準備済み。車を走らせる私はカレンダーの呪縛から解放されていた。
約束の時間の五分前につくと駐車場には子供達を待つ親の車が何台も止まっている。
友達同士が一緒に出てきてそれそれの車に分かれていくのを見てると、助手席に乗る子もいれば後ろに座る子もいて親との関係の縮図に見えた。
「ちょっと寄ってほしいところあるんだけど、いい?」
助手席に乗り込んできたアリアは疲れも見せずに、シートベルトに手を伸ばした。
『いいけど、どこ?』
「本屋さん!」
問題集か何かかな……小さな本屋さんだから品揃えは微妙だけど取り寄せができるからと通りのパーキングに車を止めると“待ってて”とアリアが下りていった。
また雪が降り出して天気が気になった私はスマホを取り出して画面を見たものの、晴れの予報に明日はスノーシューができると思ったのだけどアリアが戻ってこない。
車を降り店内に入ってみると店員がレジを閉めていて、お客は見当たらない。
『高校生の女の子、さっき店に入りましたよね?』
“すぐに出ていきましたよ”と言われ慌ててどっちに行ったか聞くと、車を止めていた所とは反対方向。
駆け出した私の頭はよくないことで一杯で通りに並ぶ店をいくつか過ぎてもアリアの姿は見当たらない。
「羽央──」
聞き慣れた声に足を止め振り返ると、車と私との間くらいの所にアリアが立っていてお互いが駆け寄った。
『他にいくならちゃんと言って。心配するじゃない!』
「そんなに怒らなくても……ちょっとサプライズのつもりだったの。コレ!」
差し出された箱を見れば何が入っているかは簡単に分かる。私のバースデーケーキ……
『確かに…サプライズだった。はぁ…』
溜息をつくと急に寒く感じて一瞬で汗をかくほど必死になってたんだと力が抜けた。
年頃の女の子がいなくなるって本当に大事なんだよ?
「また、雪降ってきたね。早く帰ろう?」
けろっとした態度のアリアの言葉に促され、車に戻るとアリアの嘘は優しさだって怒る気にはなれなくなった。
バイトもしていないし自分のお小遣いからケーキを買ってくれるって、あたり前のことじゃない。
信号待ちで止まった時に後ろのシートに乗せた箱に視線を向けると“まだだめ”と子供みたいに叱られた。家についてすぐに箱ごとケーキは冷蔵庫の中に。
普段と変わらない夕食をとると“後はまかせて”とアリアが片付けてくれたのだけど、宿題や勉強があるのに一人でやらせるのは申し訳ない。
遅ればせながらキッチンに行くと平たいお皿に小ぶりのケーキを乗せたお皿を持つアリアと目があった。
「もう…なんでちゃんと待っててくれないの?」
『ごめん。コーヒー用意するね。』
残念そうなアリアの顔をみたら謝っていた。総司と向き合ったことでもう誕生日は終わったような気になってたから……そうじゃないよね。日付が変わるまでが誕生日。
アリアには紅茶を用意しダイニングに行くと、テーブルに置かれたケーキのロウソクにアリアが火をつけた。
ケーキの大きさよりロウソクの存在感が大きいのは気にしないようにしよう。
今の私にはお願いごとなんてないな……私の為に動いてくれた二人に感謝してロウソクを吹き消すとアリアの元気な声が聞こえた。
「羽央、お誕生日おめでとー」
アリアは後ろ手でごそごそしたと思ったらリボンが結ばれた包みを差し出した。腰に入れてたの?
キッチンから隠していたのかと思うと笑いそうになって緩んだ口元を結んだ。
下敷きと同じくらいの大きさで数センチの厚みのプレゼントを受け取ると軽くて、布製品かなと思いながら紙の包みを開けた。
ミトンが二つ。これをアリアが選んだのもうなずける。今使ってるのはずっと前から使っていたからへたっていたけど総司との思い出があって変える気にはなれないまま。
そこまでは言ってなかったし……
『ありがとう。』
透明のビニールの口が折られていてそこにあったテープをはがしミトンを出した私の手は驚きで止まった。
『アリア……これって……』
「似てるでしょ?若い頃の感じで。」
既製品のミトンの片面には総司の顔がデフォルメされ、アニメのキャラみたいになって刺繍された布が縫い付けられていた。
もう一つには私の顔──
「超時間かかったよ。」
思い返せば部屋に籠っていたのはこれの為だったんだと気付いて、刺繍をまじまじと見つめた。
総司の雰囲気、すごい出てる……それにしても器用だな……
『すごくかわいい。ありがとうアリア。明日から使わせてもらうね。』
私が喜んだのを見てアリアは満足そうだった。でも、言葉だけじゃ足りない……
「羽央?」
アリアをぎゅっと抱きしめると驚いたように私の名前を呼んだ。ハグなんて普段はしてなかったし。でもこれくらいしないと伝わらない。
おばさんに抱きしめられた時のことは今も覚えてる。嬉しい時も悲しい時も気持ちが伝わることを知った。
『アリア、ありがとう。これで料理する時も総司と一緒にいられる。本当に嬉しい……総司がいない誕生日がこんなに素敵な日になるとは思わなかった。』
もう一度、腕に力を込めてから離すと満足そうに笑うアリアがどことなく総司に似ててこれも縁だと改めて思う。
私は嬉しくて顔がにやついてしまっていたのかも知れない。
「はい、チュッ」
そう言って私の手からミトンを取ったアリアは刺繍の総司の顔を私の頬に。
『ちょっと!』
取り上げると顔に熱が集まっているのがわかって、いい歳なのにとまた恥ずかしさが増す。
“ケーキ食べよう?”と冷静を装って席についた私はテーブルに置いたミトンを眺めながらケーキをほうばった。
口に広がるのはおいしいを超えた甘味。それでもブラックコーヒーを飲むと丁度よくておいしい。
まったく違うものでも合わせてみると、これ以上ない組み合わせってあると思う。
それはきっと人も同じ。違うタイプと思っても向き合ってみると新しい力へと変わる。私はまた一つ大切なことに気付けたと思う。
“素敵な誕生日をありがとう”今日、何度目になるかわからない言葉を心の中で呟いた。