[Angel's wing]
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“心の準備はできた?”その文字が目に入ると心臓が壊れるんじゃないかというほどの衝撃で息が止まりそうになった。
何の為なのか見当がつかなくて、文字と総司の顔を何度となく視線が行き交う。
考えてもわかるはずないよね……総司はいつも私のずっと先のことまで考えてたから。
きっと次が最後と思って再生ボタンを押すと、紙を持っていた写真と同じ服装の総司が、私が座っている椅子に座っている動画が流れ始めた。
「羽央、久しぶりだね。僕が頼んだことを君はやってくれるだろうけど、その後が心配で……でも、今こうして会えてるから大丈夫だね。
羽央がちゃんと僕に向き合える時がきたらフォトフレームを見ると思ったからあえてパソコンじゃなくここに動画を残そうと思ったんだ。」
総司の口が動き言葉が声になって聞こえると、一人になってしまってからの自分の行動を思い出し心が震えた。
総司は私のこと……私よりわかっていてくれた……傍で見てたように当たってるよ?
少し黙った総司の視線はまっすぐ私のことを見つめ、二人の間に画面があることすら忘れてしまう。
「今の僕は“その時”の為に動いていて、羽央に無理させてしまってるね。ごめん…」
そこまで言うと視線は下へと逸らされ、沈黙があった。何か考えている様子の総司を見ていると、この動画はすべて考え抜いた上でのものではない気がしてくる。
総司の本心……
「僕の体は予想した状態になるだろうしそれを目にした羽央を思うと、自分が死ぬことより苦しいよ。
この動画に向き合うまでどれくらいの時間がかかったのか、僕には知る術がないけど頑張ったね、羽央。」
微笑んだ総司の目が優しくて……弧を描いた口元が懐かしくて……
『総っ……っ……』
名前を呼ぶ私の声は嗚咽にかき消され、画面に落ちた涙を見て瞼をぎゅっと閉じた。
「辛いこと悲しいことに向き合う君の頑張る姿が、僕の力に変わるって知ってた?
二人で生きた時間は僕にとってどんなものよりも価値があって、幸せというものを君が教えてくれたんだ。
ありがとう、羽央。」
私だってそうだよ……総司がいてくれたから……
目を開けたら総司は腕を組み椅子に深く座っていて。
「僕は天使が魂を取りにきてもきっといかない。君のいない世界に行っても意味がないからね。」
いつも通りの話し方…考え方…総司らしさを感じると、私も泣いてちゃいけない気がしてくる。
「遠い未来…羽央が旅立つ日が来たらその時は僕も一緒に行くよ。地獄でもどこでも構わない。きっとその時は……羽央に触れられる。」
総司は前に手を伸ばしカメラを塞さぐと画面が一瞬暗くなった。
不安にかられ画面を食い入るように見ると、すぐに明るくなり椅子に座りなおした総司。
「羽央……悲しみは乗り越える為にあるんだ。きっとこれも僕たちがまた愛を深める為のもの。
今日も明日も明後日も……命が尽きても僕は羽央の事を愛してる。
次に会う時は笑顔で会おうね?」
いつもより上がった口角はどこかぎこちなくて、その理由は翠色の潤んだ瞳を隠すためだったのかもしれない。
どんなに総司が冷静だったとしても、悲しくなかった訳じゃない……
私の為になるなら悪者にでもなれる総司は、人一倍優しくてさよならの代わりに次に会う時の話をしてくれた。
それだけで私が前に進めるって知ってるんだよね?
『ずるいよ……総司は……いつも私の気持ちを先回りして……』
零れ落ちた言葉とは反対に心は総司の愛で満ちて、幸せを感じていた。
置いていかれた訳じゃない。少しの間、違う場所で生きるだけだと思えたのは総司の声を聞いたから……
呼吸を整え涙が姿を消してからもう一度、動画を見直してみた。
総司のしぐさ、表情……その一つ一つに胸が高鳴って遠い昔に感じたのを思い出す。
『また、総司に恋したみたい。』
愛し合うより少し切なくて、どれだけ総司のことを好きか考えると感情が揺さぶられる。
でも、嫌じゃない。嬉しいって思えるのは、また総司と違う形で一緒に歩むんだって決めたから。