[Angel's wing]

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学びたいことがあって離れた場所にある学校に通うことはよくあることだと思う。スポーツ科って言っていたしちゃんと考えてのことなら行かせてあげたい。


お父さんが心配なのはいままでの素行があるから。この歳で一人暮らしはさせたくないのはきっとお父さんも同じ。


『そこには寮があるの?』


「高校はない。羽央の所にホームステイさせてよ。ここよりずっとまし。」


どれだけ嫌な思いをしていたとしても言い方がある。娘の自立を願ってるお父さんもこの言葉は受けれ難いと思う。


今まで愛情をかけて育ててきたのに……


眉間に皺を寄せたお父さんは溢れだしそうな言葉をせき止めるように口を真一文字に結んでいた。


どうして傷つけるの?私には手に入らない関係なのに……二人を見ていたら気持ちが抑えきれなくなった。


『アリア、いい加減にしなさい!そんな風に言うのはよくない。自分の品格を落とすことになるのよ!』


大きな声を出してしまった私を見るアリアは腿の上に置いた手をぎゅっと握りしめていて、くってかかる様子はない。


強く言い過ぎてしまったかも……


鼓動を体全体で感じるほど興奮してしまった自分を落ち着けるように息を吐き、彼女の肩に手を置きそっと語りかけた。


『あなたはお父さんの愛情を知ってるでしょ。本音を言ったら?自分の気持ちに素直になるだけで楽になれるはずよ。』


私が一緒にきても解決するどころか余計こじれてしまった気がする。学校のことは大きな問題だから今すぐに結論は出なくても、アリアの本心はきちんとわかってもらいたい。



『伝えられる時に伝えないと後悔するから。ねっ?』


「……うん。」


返事してから私達は息をのんで彼女を見つめっると、静かな時間が過ぎていく。言いたいことをずばずば言うアリアの沈黙は心に溜めていた思いの大きさ。


「お父さんが再婚して……寂しかった。ここにいると苦しくて。羽央の傍にいると私らしくいられるし、いろんなことがんばろうって思えて……

誰かに相談するより先に心が決めちゃった。お父さんが再婚した時もそうだったのかなって。なんか、今ならわかる。

これは逃げじゃない。もっと成長したいから羽央の所にいきたい。……お願いします。」


頭を下げたアリアは別人のようにきりっとしていて、素直な気持ちを告げる言葉はすっと私の胸に入ってくる。


彼女が人生の岐路にたっているとこの場にいる誰もが感じた。


お父さんの表情はさっき出ていくアリアの後姿を見つめていた時と同じで、寂しさと迷いが入り混じっている。


「……おまえの考えはわかった。しかし、沖田さんの都合もある。アリアの考えることは可能なのでしょうか?」


期待を含む視線が一斉に私に向けられ頭の中は小さなパニックを起こす。


カナダに住んでる訳でもなく日本の家もそのまま。私自身があやふやな状態で、アリアを預かるということの大きさにすぐには答えがでない。


「羽央、お願い!」


私の腕をつかむアリアの手に込められた思いは切実なもので、この手を振りほどいたらアリアはもう人に頼ることはなくなる気がする。


きちんとした意識を持って前に進もうとしているアリアの未来を私が壊すことなどできない。


『お父さんが認めてくださるのなら私はかまいません。アリア、一つ約束して。学校のことも含めて一つ一つきちんとお父さんと相談してから決めること。いい?』


「わかった!!やったー!!」


ソファーから立ち上がったアリアは両手を高く空に突き上げ、スポーツ選手が何かで優勝したみたいな雄叫びを上げた。


そんなに嬉しいんだ……


私が何かすることで喜んでくれる人がいることを久しぶりに感じた。


コーヒーを淹れると総司が“ありがとう”って言ってくれた時みたいに私の心に優しいものが広がっていく。


総司の事を考えたらそれだけで胸がいっぱいになって、視界が潤んだ。


私ね、羽央みたいになりたいって言われたの……


人に憧れることは知っていても、自分がそんな風に思われるとは考えたことがなかった。


誰かに認められる為に生きてる訳じゃないけど嬉しいって思ったのは、総司の考えが私の中に息づいてそれがアリアの気持ちを動かした気がしたから。


総司の心臓は目の前にいる人の体の中で確かに動いていて、お父さんの人生を支えている。


人の為に。そして自分にしかできないこと。その二つのことを総司はしているんだ。


アリアを預かることも同じことに思えて、涙が形になる前に瞬きして散らす。


強く生きよう。総司が逝ってから何度もそう思ったけれど、力が湧いてくる感じは初めてだった。


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