[Angel's wing]
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どこからか聞こえてくる掃除機の音で目を覚ますと部屋は明るくて、時計を見ると昼近い。
アラームをセットしていたはずのスマホは枕元にあって、無意識に消してしまったようだ。
隣を見ればアリアは私に背を向けベッドに横になっているけれど、音楽を聞いてるみたいでイヤホンから洩れる音はアップテンポで軽快なもの。
寝坊しちゃった……
急いで起きあがると私に気付いたのかイヤホンを片方外して振り返った。
「総司のこと一番好きだったのっていつ?」
真剣な顔は思いついたから聞いたという雰囲気ではなく、アリアにとって大事な質問のよう。
昨日は幸せだった時で今日は好きだったのは……恋愛に興味がある年頃なのかもと思うけど。
一番っていうのに納得いかなくて、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
『一番なんてない。好きっていう気持ちが積み重なって愛しいって思えてくると今度はどんどん深くなってきりがないの。』
すっと出てきた言葉にいろんな総司の顔が浮かび、最期の顔を思い出す前にアリアに意識を向けた。
『強い言い方しちゃってごめんね。』
「平気だよ。……離婚してもまた結婚するくらいだもん、二人の愛は本物だったんだね。」
“だった”か……私の中では過去になっていないけれど、逝ってしまった人を想う気持ちなど知らない方がいい。
沈んだ声を出したアリアは離婚した両親のことを考えている気がした。
どんな理由があって別れたにしろ、自分の両親がよりを戻してくれたらと考えるのは当然かもしれない。
お父さんが再婚してしまった以上、その願いはかなわないものになってしまった。でも大人になれば納得いかなくても理解してあがられる部分も出てくる。
『アリアは若いしこれからいろんな経験をするはず。自分の幸せを探していけばいいと思う。人と比べるんじゃなく自分だけの幸せをね?』
私も手に入らない幸せを望んだことがある。子供を諦めたんじゃなく、二人の生活を選んだ。
比べる辛さは誰よりもわかってる。でも、総司の愛が私を違う幸せに導いてくれたの。
きっといつかあなたにもそういう人が現れるはず。
“うん”と同意したものの冴えない表情でベッドを下りるアリア。私も身支度を整え、部屋を後にした。
朝を抜いてしまった形になり、近くで食事をしてから出発することに。
外に出ると抜けるような青空。レストランの窓際に案内されると日差しが強くて半袖から出た腕がちりちりと焼ける感じがした。
食事中は料理の事とか普通に話していたけどいざ出発するとアリアは無口で、重い空気が車内に漂う。
『大丈夫?』
「何が?」
『何がって言われると……苦しそうな顔してるから心配になったの。』
「ふーん。」
私を避けるように外に顔を向けたアリアにそれ以上声をかけなかった。
思春期というのはこういうものなのかな……私にはどう対応したらいいのか……
スタンドで給油する度に飲み物を買ってあげても、アリアの態度は変わらない。
『本当にそれが好きなのね。』
「……。」
このままの状態が彼女の家まで続くなんてことはないよね?
悪いことを言ったつもりはないし、謝るのもおかしい。何もなかったように接するのが一番。
『今日は出発したのが遅かったから、いけるところまで行きたいな。』
返事がなくても心は痛まない。話さないのは彼女の意思で無理させてる訳じゃないんだもの。
二回目の給油の時、車から下りなかったアリア。支払ついでにいつものジュースを買っていくとだまって受け取った。
気にせずにシートベルトをつけて車が動き出すと“ありがとう”と小さい声が聞こえなんだか嬉しい。
「私……」
しばらく待ってもその続きは聞こえない。
『無理しなくていいよ。自分の気持ちが声になる時がくるから。』
素直になろうとしてもなれない時もある。自分らしくない気持ちを言葉にするのは私だって難しいと思う。
夏だから完全に日が暮れるのは夜中。先を急げば家につける。だけど、アリアの状態を見ると今日は一泊した方がいいかもしれない。
一本道にあった手ごろなモーテルに泊まることにして、近くのマーケットで出来合いのものを買ってきて部屋で食事した。
相変わらず彼女は黙ったままだったけれど、食事は食べていたし私はシャワーを浴びてベッドに。
横になってスマホで地図を見ているとトイレに行っていたアリアが戻ってきて、勢いよくベッドに乗ると布団を頭まですっぽりと被った。
『明日の昼過ぎにアリアの家に着けると思うから、朝になったら連絡入れておいてね?』
今言っておけば明日までにはアリアも心の準備ができるだろう。スマホのアラームマークを確認して目を閉じた。
アリアのお父さんに会ったらなんて言おう……
結局アリアから詳しい話は聞かないまま。想像しようとしてもうまくいかない。
こうなったらなるようになると考えることを止め、眠りについた。