[Angel's wing]
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おばさん達が帰ってから数日。会う約束をしていた不動産屋との約束をキャンセルし、これからのことを考えていた。
ちゃんとした生活をするなら働くべきだと思う。仕事をしようと思えばできないこともないのに、気持ちは消極的。
もちろん若い時のような体力もないしあの頃と同じとはいかないと思う。それよりも如実なのは気持ちの方で。
家族や夫婦。仲間と旅する人達を見たら総司と自分をそこに重ね、失ったものを再認識し笑顔で対応などできない気がする。
お客様との思い出を見たらあの頃のこの土地を好きになってもらいたいという気持ちが蘇りそんな心配を払拭してくれるかもと、アルバムを開いた。
写真を見ると見覚えのある顔に懐かしさを覚える。だけど、その時にあったエピソードや旅行の行程を思い出せなくて歳をとったなって思う。
あれだけ気を配って成り立っていた仕事を今の私が完璧にこなせるとは思えなくてやる気が遠のく。溜息まじりにアルバムを閉じた。
子供がいなかったから仕事に費やした時間は長くて、それがなくなってしまうと不規則でめちゃくちゃな生活をしてしまうのがわかってる。
土方さんが来て規則正しい生活を送れていただけ。もし一人のままだったら、きっとここには来れていないし。
考えれば考えるほど自分の不甲斐なさばかり目につき、外へ出ると乾いた風が頬を撫でた。
考えても前向きな答えが出ない……自分のせいだとしても責めちゃいけないと大きく深呼吸して心に溜まった暗い気持ちを吐き出す。
大自然の空気は澄んでいて私の息なんてちっぽけなものと一瞬思わせてくれる。
土方さんからは連絡はなくて、私がメールを送ったきり。嫌なことを言われるからって避けてても仕方ない。
今のありのままを伝え、覚悟を決めることも必要かも……
玄関のステップに腰掛け、スマホを取り出した私は発信ボタンを押す。緊張で鼓動が早くなり神経が手に集中している。
コール音がしばらき続き通話時間の文字が見え、私は耳にスマホを当てた。
『もしもし、土方さん?』
「ああ。」
久しぶりだからか、電話のせいか会話が途切れてしまい、慌てて“元気にしてましたか”なんて聞いてしまった。
「ああ、何も変わりねえ。ちゃんと掃除もしてるしな。そっちはどうだ?」
『おばさん達も帰ったし、私も似たようなものです。掃除に食事と睡眠が追加されたくらいで。』
思いのほか普通に話せたことにほっとしていると“いつ戻るんだ”って聞かれて言葉に詰まった。
スプルーストの木を見つめると本心を打ち明けるだけでいいと思えてくる。
『ここを離れる気になれなくて……しばらくいようかと思ってるんです。数ケ月か……決めてはないんですけど、自分がしたいって思えることがそれだけで。納得いくまで自分に向き合わないと先に進めない気がして。
……土方さんは何か困ったこととかないですか?大丈夫ですか?』
「俺のことは気にするな。何かあったら連絡する。」
変わりがないとさっき言ってたし体調不良もないけれど、力も戻ってきてはないということ。
もし、力が戻ったならと考えていたことがあったけれど今はまだその時ではないみたい。
『わかりました。じゃ、また連絡します。』
“ああ”とさっきと同じ言い方が聞こえて、通話は途切れた。
私はまた一人。土方さんに言ったように自分に向き合い続けた。このままじゃいけないという気持ちが強くなるばかりで答えは見つけられない。
それから二日後、土方さんからの電話で起こされた寝ぼけ声で問いかけた。
『土方さん……何かあったんですか…?』
「力が戻ったから出ていく。いままで世話になったな。」
『えっ、本当に……?』
それは仕事に戻るってことなのかな……ベッドで上体を起こすといくぶん頭がはっきりしてきた。
『あの、前から考えていたことがあって……土方さんの力が戻ったら彼女にこの体を渡そうかと思ってたんです。総司との最期の約束も果たせたし。』
「そんなことして何になるってるんだ?」
『土方さんにとって意味があることだと思ったから……。』
「俺はそんなこと望んじゃいねえ。総司がいなかったら生きてる意味がねえって訳か?」
怒気を含んだ声に私の考えは間違っていたのかと後悔の念が浮かぶ。でも、土方さんは私のことを心配してそう言ってるのかも……
『確かにこれからどう生きるかはわからないですけど、生きることを諦めてはないです。ただ、彼女に体を渡したら今までと違う関係が作れる気がして……』
彼女が総司を愛していようと一対一で向き合ったら、監視役と見習い天使という立場を抜きに向き合える。
友情……仲間……恋が実らなくても心が納得いく関係にできるんじゃないかって。
気持ちを認めようとしない土方さん。何もしないままだったら、これから先もずっと土方さんは彼女を想い続けていく気がしたから。
傍にいない人を想いながら生きていくの、辛いって私が一番知ってるから……
そんな本音を言えないのは電話の向こうからイライラが伝わってくるせい。