[Angel's wing]
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総司の名前が出ただけで、胸が苦しくなってしまうことを知られたくなくて冷静を装ってしまう。
土方さんにとって総司の死は事実として受け止めるだけであって、特別な思いはないんだろうと口調で感じた。
私もいつか、普通に話せるようになるのかな……
彼女の記憶を見た時は死は終わりじゃなく次へと繋がっていくものだと思えたのに、現実は時間が経つほど悲しみが深くなっている気がする。
途切れてしまった会話に話題を探しても、糸口が見つからなくて。買い物に行っていた時はそれなりに話していたのに……
人を相手にした仕事をしていた時には感じたことがない、苦手意識がある。
生きてきた世界が違うから相容れない価値観のせいかな……
食事やお風呂も必要ないと言われ、一人で済ますとテレビを見てぼんやりとした時間を過ごす。
でもいつもと違うのは……ソファーに座っている土方さんが視界に入り、ピンと伸びた姿勢を見ると溜息が出てしまう。
本当に寝ないんだろうな……私がここにずっといるのは無理かな……寝室いけないのに……
テレビを見て時間を繋いだけれど、最終の番組が終わると“見たい”では通せなくなってしまう。
どうしようと思いながらも体には疲れがたまっていて、襲ってくる眠気に必死に抗っていた。
「眠いならちゃんと寝たほうがいいんじゃないか?」
土方さんの一言でもう逃れられないって……
家に一人だったらずっと入れないまま。今行くしかない状況に背中を押された。
「何か『もう、寝ます。おやすみなさい。』
このままじゃいけないってわかってる。一歩踏み出すんだと、勢いよく階段を上り寝室の電気をつけるとベッドが目に入り溢れだす記憶。
ドア……締めなきゃ……後ろ手にドアノブを引き寄せるとカチャリと小さな音がした。
『総司、頭の方が少し短くなってるよね?』
「そう?じゃこれでどう?」
『今度は長くなってる。わざとでしょ?』
「あはは、そう。だってカバーが少しずれてるだけなのに真剣なんだもん。」
『少しならいいけど見た感じずれてたら気持ち悪くて。』
「わかってるよ。はい、できた。」
長く家を空ける時はいつも二人でベッドにカバーを掛けるけど、総司がふざけて……私に向ける子供みたいな笑顔をはっきり憶えてる。
『………っ……ごめんっ……』
俯くと零れ落ちた涙の後を追うようにまた涙があふれてくる。
寝室の空気は少し埃っぽくなっていて、大切な場所をほったからしにしてしまった自分が許せない。
『泣いたって……何も解決しないよっ……』
ドアつたいにずるりとしゃがみこむと膝を抱えて口から洩れる声遮る。
ベッドに寝ていた姿。降りる所。カーテンを開けて振り返った顔。思い出すほど嗚咽を堪えきれない。
唇を噛みしめながらベッドの中にもぐりこみ、頭からすっぽり暗闇に包まれると確かに感じる。
柔軟剤の優しい香に混じる総司の匂い……
『寂しいよぉ……総司っ……ぅ……』
どんなに誤魔化そうとしても、ここではできない。
朝は目覚めると総司の寝顔が見れて幸せって思って、夜は今日も幸せだったなって思いながら眠りについた場所──…
もう、幸せなんて感じることはないと思う。それくらい私の心は暗闇に落ちている。
『そんなんじゃダメだって……叱ってよぅ……』
自分を奮い立たせようとしても涙は次から次へと流れていく。
布団がすっぽり私を包み込み、温かくなってくると総司に抱きしめられてるみたい……
どうやっても総司のことにつながってしまう。現実で会えないならせめて夢で逢いたいよ。
枕を手繰り寄せ抱きかかえると、総司と一緒に寝てるって言い聞かせて目を瞑った。
一緒に暮らし始めてからずっと使っていたベッドは疲れていた体を強制的に眠らせるだけの心地よさ。
夢は見れなかったけれど幸せだった感覚は脳の奥まで刻み込まれていて、久しぶりに悲しみから解放された感覚で目を覚ました。
カーテンの隙間から差す光が眩しい。目を細めもう一度目を開けると視界が狭く感じる。
泣いたから瞼が腫れちゃったのかも……でも体が軽くて疲れが取れてる。
土方さん……どうしただろう……
食事を作る必要もないけれどなんだか様子が気になって、着替えを済ますとリビングへ。
『おはようございます。』
会釈して俯いたままリビングを横切ると、ソファーに座っていた土方さんは“ああ”と短く答えた。
洗面所で鏡の前に立つと自分とは思えないほど目が腫れてて、冷やしたくらいではどうにもならない。
でも、これが今の私なんだと肩から力が抜けた。