[Angel's wing]

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土方side


羽根をむしり取られた羽央の命が消えていくのを見守るしかなかった俺の前に、記憶を消したはずの総司が現れ羽央を救った。


自分勝手に生きていた総司が変わるほどの愛に、俺の中に芽生えたものはすぐに負けを認めた。


羽央がどういう形で人として生きていくのかはわからないが、総司がいればきっと大丈夫だろう。


お前の最期を見届けるという仕事がある以上、またいつか会えるのは確かだ。それが遠い日であることを願う。


あれから何人もの天使の見習いを見てきたが、どいつも不合格。千鶴より後に合格者が出てない。


素質がないのか試験の相手が手ごわすぎるのか。俺がこの仕事に就いた時とは、男女の関係性が違う。


見ず知らずの人間を家に置くようなやつは邪な考えを持っていて、身を汚す危険性にリタイヤするものも増えた。


試験対象が女性の場合、わがままで見習いが小間使いのような扱いをされて終わることが多い。


まあ、皆が皆合格されても困るんだろうが、時代が変わっても試験の禁止事項が変わらないっていうのはとうかと思うがな。


今日もまた、不合格者が出た……


そいつを天上界へ連れていくと違うやつのリストを渡され、また人間界へと戻る。


羽央のことは忘れてないが、与えられた仕事をこなしているとお前のことを考えることもなくなった。


試験が終わったやつを天上界に連れていくと、いつもと違ってあたりがざわついてた。


俺がそこいらの天使見習いに声をかけることは許されてないから、あいつらが話してることをつなげていくと天使が一人昇格するらしい。


きっと千鶴だ。そう確信しながらいつも資料をもらう場所へ向かうと、割れんばかりの拍手が起きた。


奴等の視線の先には一回り大きな羽根になり、試験を受けた時よりも大人になった千鶴がふわりと空に浮き、白いドレスの裾を持って会釈した。


白一色の天上界で黒いスーツを着た俺は目立つのか、数十メートル先にいる千鶴と視線がぶつかる。


その時に総司が倒れる日時がスクリーンに映し出されるように見えた。


“羽央、大丈夫かなぁ……”


頭に直接聞こえる声は千鶴で、昇格してテレパシーが使えるようになったのか?


「お前には関係ねえだろ。」


思わず本音が零れるが向こうにそれが伝わったのかわからねえ。千鶴は天使の微笑みってやつを浮かべたままだ。


心配なら自分でなんとかすればいいが、大天使の意向に沿わないことはしない。自分の気持ちを優先するやつは天上界には居られない。



こんな所には長居したくねえ。すぐにリストをもらうと地上へ降りた。


雑踏の中の喧噪が心地いいとはな……


貰った資料を確認してみると、そこには羽央のもあって様子を確認するようにと指示が出ていた。


詳しい説明はなく、様子を見るだけだから声をかけたりする必要はないんだろう。生存確認──そんな所か……


任された仕事は詮索せずこなすのが義務。誰も書かれてある以上のことを知ろうとはしないし、聞いた所て答えられる奴もいない。


総司が倒れることを千鶴はなんで教えたんだ。俺にどうしろって?


羽央の様子を確認するだけでいい。二人が買い物している所を見たら、急に疑念が湧き上がった。


何もないのに様子を見になんて行かないよな?これから何かが起きるのかもしれない。


腑に落ちないまま二人の後姿を見てたら、あの一言を思い出してしまう。


『ちゃんとお別れしたい』


震える声でそう言っていた羽央の想いが心をざわつかせる。


天使は魂を天上界に運ぶ。つまり、総司のその時を知ってるってことだ。千鶴に会えれば詳しい情報が手に入るはず。


戻ってもどうやって会えるかなんてわからなかったが、あたりを見渡してみた。


羽根がひらりと俺の前に落ち、拾い上げると総司のことが書いてある紙になった。


その一番下の日時にはっと時計を見る。倒れるのが地上では…明後日?


時刻の後ろにゆっくりと文字が浮かび上がってきてるが、一文字が読み取れるようになるまで大分かかった。


脳内出血で手の施しようがなくなり脳死と判定される──


その後のことが書いていないのは、まだ総司に選択肢があって最期が確定していないんだと推測できる。


頭をフル回転させ俺に何ができるのか考えてみた。


魂は死んだ時か死にかけた時しか体から離れない。記憶が消えたあの時、天使がこなかったということは羽央の魂はそのまま。


総司のように記憶が意識下へ追いやられるだけだとしたら?その可能性を否定できない。


記憶を消すという仕事と反対のこと。うまくいくかはわからないが試す価値はある。


規約違反は処罰対象。上の奴等に知られず全てを終わらせるのは難しいだろうが、仕事に穴を開けなけば俺の行動に気付くのを遅らせることはできるはずだ。


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