[Angel's wing]

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彼女の記憶を見たことを話し胸のつかえが取れても、落ち着かない。


発作のようなものもないけれど、本当に倒れてしまうの?総司の胸元に置いた手で鼓動を感じようとしてしまう。


記憶をみたせいか昔のことが鮮明になり、懐かしかった。離婚してから総司がお客を装って会いにきてくれたから、今こうして二人でいれるんだね。


あの時も総司は死を覚悟していた。今回も大丈夫なんじゃないかって小さな希望を持ちたい。でも、土方さんが出てきた以上、必ず起きること。


仕方ない。諦める……そんな気持ちになっている自分が嫌だし、大切な何かを忘れてる気がする。


眠ってしまうと同じ体勢でも苦しくないのに、暗い気持ちのせいなのか腰が痛くて、少し体を離した。


『眠れないね……』


「そうだね、少し飲もうか?」


誘いに頷きリビングにいくと総司がワインをグラスに注ぐ。


何も特別なことがなくても飲む時は自然と乾杯してたのに、今日ばかりはできなくて先に口をつけた。


口が渇いていたのかタンニンの渋みがいつも以上に残る。


「羽央、ごめん。余計なことを知ったせいで不安にさせちゃったね。」


総司の言葉にはっとしてグラスを持つ手に力が入り、褐色の液体がゆらりと波を描いた。


心を見透かされ動揺を隠せるほど器用じゃないけど、総司の寂しそうな眼差しを見たら弱い自分が引っ込む。


『総司が謝ることじゃないよ。何があっても総司の傍にいるから。』


私がこれから起きることに耐えられないと思ったら、総司はどこかに行ってしまうかもしれない。そんな気がしたから……


総司の大きな手が私の肩を抱きよせると、傾けた頭が私のと触れ総司の息遣いが聞こえる。


「わかった。……ありがとう。」


ありがとうって言わないで……


こんなに愛してるのに最期の別れの言葉みたいで、熱くなる目頭を気づかれないように瞬きして誤魔化した。


「これ飲み終わったら寝よう。悪酔いしそう。」


『そうだね。空腹で飲んだせいか酔った気がする…』


頭は冴えているのに欠伸が出て口元を押さえると、総司もつられて大きく口を開けた。それだけのことなのに繋がってるって感じて、胸の奥を揺さぶる。


「歯磨きしよう。」


子供のお世話をするみたいに、手を引いて洗面台に向かう総司の手はしっかりと私のを握りしめている。


色違いの歯ブラシで歯を磨くと無言になるけど、鏡の中の総司と視線がぶつかった。


こんな顏してちゃだめだ……不安そうな顏してる。


視線を逸らしたと思われたくなくて、コップに水を入れて口に含むと、いつもより多くてゆすげないくらい入ってしまった。


くすりと笑い声が聞こえ鏡の中の総司を見ると“ふぐみたい”とつぶやき口元をほころばせてる。


確かにと思ったら私も笑ってしまって水をむせるように吐き出すと“ごめん”と背中をさすってタオルを渡してくれた。


『恥ずかしい……』


「そう?可愛いけど。」


うがいする総司の顏はリラックスしていて、フグ顏で笑いあえるならよかったのかも。


ベッドに戻った私達は、いつものように腕枕して横になった。


お酒を飲んだからか、自分の鼓動が大きくなってる気がする。


消えない不安は確かにあるのに、頭は思うように働かない。


総司が私の髪の毛を梳いてくれて、心地いい……


『何か話してくれない?総司の声聞いていたい……』


「いいよ。」


少し間があき、穏やかな口調で始まったのは総司の書いた本の話。読んだことがあるから結末を知ってる安心感がある。


前向きな気持ちになれる本だから……


総司の言葉は本で使われた表現そのままで、本を読んだ頃の自分を思い出す。


愛し合っていても未来は不確定で、それが不安だった。でも今は、決められた未来なんて欲しくない。


未来は作るものだって教えてくれたのは総司だから……何が起こるといわれても自分の信念を持って立ち向かうことが大事。


逃げないでやってきたから、今の私達があるんだもの。


話しが終わると、顔を覗き込んだ総司と目があった。


『素敵な話、ありがとう。』


「少し寝た方がいいね。もう、朝だけど。」


『そうだね。』


眠さを訴える目をこすり“おやすみ”と視線を合わせてから瞼を閉じると、ふっと意識が遠のく。


総司……


もう一度、総司の顔を見てから寝たいと思ったけれど重くなった瞼を開けられなかった。


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