[Angel's wing]

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目を閉じたものの、僕の頭はこれからのことを考え眠ることができない。


それでも君のぬくもりが、穏やかな日々の幸せを思い出させてくれる。きっと大丈夫……


冬は日が昇るのが遅いから朝になっても部屋は暗くて、時計が鳴る前に寝息をたてる羽央からそっと離れキッチンへ。


シンクにおきっぱなしになっていた皿を片付け、羽央ちゃんと話したことが現実だと実感すると、サイフォンのコポコポという聞き慣れたなれた音さえ切なく感じる。


小さいころ、今日地球が滅亡するとしたら何をするなんて質問をするテレビ番組を見たな……


僕は、何をしたいっていうより一人で過ごすんだろうと思った。伯父さんたちはよくしてくれたけど、そういう時って家族だけの方がいいんだろうなって。


そこには少しの寂しさがあったのを認めるよ。今は素直に当然だって思えるけど。


地球が滅亡するなら君とその時を迎えたい。でもそんなこと起きないし、僕の命が尽きるのが先だ。


再会してからの羽央は本当に健康で熱を出すこともなかった。


体調管理がしっかりしてるんだろうとしか思ってなかったけど、土方さんの言うことが本当なら君が生きていくには愛が必要……



僕の命が尽きたら、羽央はどうなってしまうんだろう。子供がいたら繋がっていくだろう愛が僕達にはない。


沈んでいく気持ちを振り払うように吐いた息は、溜息になった。


君にすべてを話そうと決めたのに、やっぱり言わない方がいいとか。考えが定まらないのはそれだけ死というものが重いからだ。


いつの間にか音がしなくなったキッチン。フレンチトーストを焼くのは君が起きてからでいいだろうと羽央の様子を見にいった。


寝ていたら起こしたくないとノックもせずに開けたドアから見えたのは、ベッドに座りあの紙を手にして俯いた君。


取り乱してない……説明次第で羽央を納得させられると紙を取り上げ、何食わぬ顔で口を開いた。


「共稼ぎで生活費以外はお財布も別にしてるし言ってないことあるなって思って。年とったらボケて忘れちゃいそうだしまとめてみたんだ。」


“はい”と紙を差し出すと、受け取った君は並ぶ文字を見つめた。


『そう……じゃあ、ちゃんとファイリングしておくね。』


うまくいったと思ったら、顔を上げた君の瞳は苦しげ。駄目だった……


『どうして急に?私は総司が何を考えてるのか知りたい。私達は色んなことを乗り越えてここまできたんじゃない。

どんなことでも二人で向き合いたいよ。本当のこと話して何があったの?私ってそんなに頼りない?』


僕が病気にでもなったと思ってるのかな……それなら戦う余地はあるし話せる。でも、僕が今向き合ってるのは“死”なんだ。


知りたいと思うのはこの苦しさを知らないからだ……僕だけでいいでしょ……


『知らなかったら後悔すると思うの。』


僕の心を揺さぶったのは羽央の言葉──…


羽央ちゃんが地上にいれるのは1ケ月と知らず、記憶を取り戻した後に感じた数々の後悔。


後悔が残る苦しみを知ってる僕が、羽央にそうさせることは僕の後悔になる。


二人で向き合うことが、君のこれからを支えることになるなら……


「僕はもうすぐ倒れるらしい。」


『倒れるって……どこが悪いの……?』


「脳が駄目になるみたいで、手の施しようがない状態になるって。」


羽央の手にあった紙がはらりと床に落ち、僕が拾うと口元を手で押さえる君の顔色が悪い。


「羽央、大丈夫?」


『ちょっとトイレいってくるね……』


立ち上がると小走りで出ていってしまった羽央の後姿を見て、死が君にとって大きな壁であることは変わってないと痛感した。


伝える伝えないと何度も考えが変わったせいで、これが最善だったのかわからなくなってる。


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