[Angel's wing]
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好きな場所でやりがいのある仕事、愛してる人が傍にいる暮らしは夢みたいで、世界で一番幸せだと思う。
この幸せを守る為にと考えてしまうのは、結婚……でも、それを口にするのは躊躇してしまう。
気持ちが通じあっていれば結婚しなくてもいいと思っていたのは、総司とやり直せるだけでよかったから。
二人で生きることを選んだ今、愛する人と結婚したいって思うのは自然なことだしここで暮らしていくには必要だって思う。
色んな理由の中で一番強いのは総司の奥さんになりたいから。でも、私の考えを押し付けたくない。
結婚は二人の意志でするものだし、総司が決心してくれるのを待っていた。
プロポーズが誕生日プレゼントかもと期待してしまったのは私で、ブレスレットをくれた総司は悪くない。
ちょっとがっかりしたのは、幸せに慣れてしまったから?私はこんなに欲張りだった?
自分が焦りすぎてるのかと待つことにした。幸せなはずなのに落ち着かない日々……
旅行から帰って二か月経ったし考えるには十分な時間だったと思う。
それでも何も言わない総司を見ていたら、やりたいことを見つけてどこかへ行ってしまうんじゃないかって不安になって。
結婚の二文字は自分からどうしても言えない。“カナダ国籍とろうかな”って伝えたら総司ならニュアンスできっと気づくはず。
初めてのプロポーズの時のように情熱的なものにならなくても、きっと結婚しようって言ってくれると思っていた。
私の一人よがりだったね……
「君の人生だし好きにしたらいいんじゃない?」
冷たい視線に込められた怒りが伝わってくる。二人のことなのにわざと“君の”って……
『反対なの?』
「反対してないよ。賛成もしてないけど。」
うんざりっていう態度を見たら心臓がバクバクして、頭がまわらない。反対でも賛成でもないってどういうこと?
わかるように説明してよ……
『どうしてそんな言い方するの?二人でここに暮らす為には……仕方ないじゃない。』
眉をひそめた総司を見てまずい言い方をしたと思った瞬間、一層低い声が響く。
「そういうまわりくどい言い方嫌なんだけど。言いたいことあるならはっきりいいなよ。」
仕方ないって……そんな言い方したら誰でも怒る。すぐに誤解をとかないといけないと謝ることより、説明を優先した。
だけど、総司の怒りはそんなことじゃ落ち着かない。言葉は一層刺々しいものになってた。
「一緒にいる為に国籍変えて結婚するのって、どうなんだろうね。おかしくない?」
『おかしいって……二人でいることが一番じゃないの?その為ならそのくらい……』
何を言っても喧嘩はエスカレートする一方。愛してるから一緒にいたい。その思いだけで他は全部捨てる覚悟したはずなのに。
そうでしょ、総司……
「僕達は一緒にいるとうまくいかなくなるだね。離れていた方がいいんじゃない?」
総司の目は瞳孔が開いていて、その言葉が勢いで出ただけだと思いたかった。思おうとした……
でも、総司の声は私の心に刺さって胸が張り裂けそうになる。
総司は私が嫌いなのかな……愛されてる自信ない……
『………っ……』
言い返すより先に目から溢れたものが、言葉よりも感情を伝えたと思う。
黙って総司は二階にいってしまい、リビングに一人取り残された。
ソファーに座ったまま顏を手で覆うと嗚咽がもれて掌が濡れていく。
『もう……やだぁ……ヒック……』
喧嘩の嫌な空気が残るリビングにいたくなくて、寝室に行ってベッドにもぐりこむと総司の香りがする。
泣きたいだけなくと涙は止まったけれど、胸の痛みは増していくばかり。
どうしたら仲直りできる?謝ればいいのかな……何に対してどう謝ればいいの?
国籍とった方が都合がいいと言ったのは軽率に思われたかもしれないけど、結婚したい気持ちは純粋に愛してるからで謝ることじゃない。
少し時間を置けば大丈夫だよね。喧嘩しても一緒に寝れば喧嘩にならずに話せるはず……
総司が降りてくるのを待っていたのに時計は日付が変わっている。
様子を見に行くと階段を上ったあたりでパソコンのキーボードを打つ音が聞こえ、声をかけるのをやめて寝室に戻った。
今日はそっとしておこう……それは向き合う強さのなさを隠すいい言い訳かも。
明け方まで眠れなくて、目を覚ますと昼近くになってる。隣に総司はいなくてこれが現実なんだって思ったらベッドから出る気になれない。
何もしなかったら仲直りのきっかけすらつかめない。声をかけてみよう……二階にいるよね……