[Angel's wing]
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国内線へと乗り継ぐ途中で総司にメールを送り、ベンチに座るとすぐに返事がきた。
プロデューサーの記事の部分は相手が総司でないだけで本当だったみたい。でも、まわりは気にした様子もなくて普段と変わらないって。
頑張ってとメールしようとしたら、“打ち合わせがあるからまた後でね”と総司からのメール。
思ってるよりも週刊誌の記事なんてみんな信じないのかも。仕事場がそういう感じなのはいいことだよね。
久しぶりに重たいものを肩から下ろした解放感に、大きく息を吸い込んだ。
搭乗案内が流れ、スマホを機内モードにした私は窓際の席につくと安堵して目を閉じた。
家に着いたことをメールすると総司から電話がかかってきて、暫く仕事を続けてみるって。
『うん、わかった。体に気をつけてね。じゃ、また。』
私が口を出せることじゃないのはわかってる。総司が納得した上で出した答えを応援したいのに、もやもやしてしまう。
出版の差し止めが意味ないって説明する時の総司の顏をはっきり覚えてる。
冷静に説明してくれたけど、悔しそうだった……
出版を禁止する仮処分の命令(差止め命令)を求める訴訟を考えたけど、翌日に発売されるものに対して差し止め命令が下りたとしても出荷済の分は回収できないらしい。
差し止められたことが嘘だと証明してくれる訳でもなく、ただあの雑誌を宣伝することになるからと訴えることをやめた。
法律の判例があるんだからきっと同じ結果になってしまうのは仕方のないこと……でも、正義ってなんなんだろう。したいようにした人が勝ちみたいな世の中になってしまってるの?
仕事に影響はなくても、総司がそんな人達の中で働くの心配だよ。いつ、また同じようなことが起きるかわからないし。
『……はぁ、こんなんじゃだめだよね。』
気持ちを切り替えてと思ってもうまくいかないけど、荷物の整理はしないと。
最後に残ったのはジェイソンに買ってきたお土産。まだ昼過ぎだし渡しにいこう。
ジェイソンの家に行くと奥さんと子供は実家に遊びにいっていなかった。
「あいつ、俺が仕事の時はちゃんと食事作ってあげたいからって全然帰らねえんだ。向こうの両親も孫と会いたがってたし休暇中はゆっくりしてこいって言ったんだ。俺のことはいいだろ、日本はどうだったよ?」
『うん、楽しかったよ。はい、これお土産。奥さんにも買ったんだけど、渡しておいてくれる?』
「開けてもいいか?おっ、“サケ”か!ありがとな!飲もうぜ!」
この明るさは昔から変わってないなぁ……
『車で来てるから遠慮しておく。いくら仕事仲間とはいえ奥さんいない時に二人でお酒飲んでるなんて知ったら嫌だと思うし。』
「それって俺が信用されてないってことか?」
『愛されてるってことでしょ?』
そういうと照れながら頭をかいたジェイソンは幸せそうだった。じゃあねと別れ戻った家はがらんとしてる。
いつもなら、次に会える日のことを考えてがんばれるのに……
どうにも気持ちがあがらない理由はなんとなくわかっていた。ただ、それに向き合う覚悟がまだなかったのかもしれない。
あの記事は総司の仕事に影響がなかったみたいで、私達の間で話題になることもなくなっていった。
「あい、羽央。羽央!!」
『……どうしたのジェイソン?』
「どうしたのじゃねえよ。俺の話聞いてたか?」
『えっと……』
「日本でなんかあったのか?」
こういうことは鋭いジェイソンに記事のことまで言うのは抵抗があって、私は今の気持ちを打ち明けた。
『いろんなこと、ちゃんと考えないといけないなって思って。いつかは一緒に暮らせる日がくると信じてるけどどうなんだろう……』
「羽央の所は離れて暮らして長いよな。でも、うまくいってるならいいんじゃねえか?俺んちなんかちっちゃいことで喧嘩するし。」
『うまくいってるなら気にしない方がいいよね。』
ジェイソンの結婚式の時は二人ともまだ恋人同士って感じで初々しかったけど、今ではすっかり夫婦の貫録が出ていている。
それは一緒に生活して二人が重ねた時間が形になったもの。
私と総司にはそれがない。まったくない訳ではないだろうけど目に見える変化は感じない。
愛し合ってるのにジェイソンのような関係に憧れる気持ちは、欲張りすぎなのかな……
その時は我儘だと気持ちを切り替えたつもりだけど、夫婦でツアーに参加するお客様を見るとやっぱり考えてしまう。
これからの私達って……どうしていくのがいいんだろう……
日が沈まなくなり活気溢れる夏になっても私の気持ちはそこに向いていて、日ごとに重なりそれが決心に変わった。
何度考えても行きつく答えは同じ……
『ジェイソン、明日の夕飯みんなで一緒に食べない?話したいことがあるの。』
「明日か。子供いるとゆっくり話せねえけどいいのか?」
『賑やかなの好きだから気にしないで。じゃ明日ね。』
ツアー終わりにそんな話をして別れたのだけど、夜に奥さんから電話がかかってきた。
『えっ、ジェイソンが事故に?』
早くなる鼓動に押されるように、私は車に飛び乗り病院へ急いだ。