[Angel's wing]

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記事を読んだ人はこうなるってことか……


社長室をノックすると“入ってくれ”と切羽詰った社長の声がして、ドアを開けると応接ソファーにはマネージャーの山野が座っていた。


「沖田さん、おはようございます……」


立ち上がった山野の顔色が悪い。電話を続ける社長に座ってくれと指で合図され山野の隣に座わり声をかけた。


「大丈夫だよ、山野。君が責任感じることない。僕が自分の意思を通した結果なんだ。」


「……。」


頷くだけの山野はいつもの覇気がない。社長はといえば、話の感じから相手は出版社みたいだけど“よろしく頼む”と電話を切った。


「今日中には記事を手に入れられると思うんだが……」


肩を落とすように僕等の前に座った社長は、ため息をついた。


小さい事務所を選んだのは、社長やプロダクションの利権に巻き込まれない為だけど、ピンチの時にはそれが弱みになる。



「そうですか。あの日、アプリで会話を録音してたんですけど聞いてみます?」


「そんなのがあるのか?聞いてみよう!」


明るい声を出した社長は、こういうことに慣れてないみたいだ。



スマホのアプリを起動するとあの女優の声が思ったよりもはっきり聞こえ、芝居がかった表情を思い出してしまう。


気分が悪いよ……


「よく聞こえるもんだな!」


ぱっと表情を明るくした社長の顔が核心をつく部分にいくと、苦虫を噛んだような顔になった。


低く唸るように腕を組み目を瞑ったまま動かない。録音は僕が部屋を出た所で終わり、社長室には重い沈黙が広がる。


観念したように溜息をついた社長が口を開いた。


「あの女優は寝むるまで飲むって有名なんだ。睡眠薬がわりに飲むというべきか。酒豪だし朝まで飲むのはざらで布団が用意されてるのは普通のことというか。

話し方もだいぶ飲んでたみたいだし、覚えてないとか戯言だと言われればそれまでかもしれん。」


あの日の翌日、夕方までオフになってたのは僕があの女優に付き合って飲んだ場合のことを考えて?


社長にハメられたと思ったのは誤解で、敵じゃないと思えるだけで少しほっとした。


でも、取り出したタバコを力なくふかす社長はもう諦めていて頼りになりそうにない。僕がなんとかしないと。


「あの女優が週刊誌に指示した証拠を掴まないとどうにもならないってことか。ライターの口を割らせようかな。」


「沖田君、手荒なことはだめだ。……しかしなぁ……」


言葉を濁す社長の置かれた立場もわかるけど、何もせず諦めるなんてできないよ。


電話が鳴って自分の席に戻った社長は、相槌を打ち短い通話が終わるとファックスが流れてきた。


「これが、その記事だ。」


差し出された紙を破り捨てたくなる衝動に駆られながら読むとほとんど嘘。


ワイドショーの仕事をもらえたのは、ゲイのプロデューサーに枕営業したからだとか。


小さい事務所にいるのはそういうことが明るみになることを恐れる大きなプロダクションに敬遠されせいだなんて、もっともらしい。


全てが“芸能関係者の話”で、それはみんな周知の事実だって風評してるのがやっかいだ。


「離婚は男が好きだと気付いたからとか、ありえないし。否定したら余計疑われるんだろうな。」


「沖田君は納得いかないと思うが、様子を見よう。騒ぎ立てると余計な波風を立てることになりかねん。

あのプロダクションの後ろにはかなり危険なのがついてる。大事な人が君にはいるんだろう?」


ここはうちの事務所なのに、どうしてそんな遠慮した話し方してるのさ。


怒りを感じながらも、警戒心が先に働く。危険……それは闇社会で生きる人のことだと、今の僕にはわかった。


必要とあらば何でもしてくるだろう。僕を痛めるだけじゃなく、僕の大事な人を苦しめることも辞さない。


このままなんて納得いかない。でも、社長は怖気づいてるし何を言っても無駄だ。


「様子を見るしかなさそうですね。記事のコピーもらってもいいですか。」


「かまわないよ。山野、コピー。」


「はい……」


社長が頷いたのを見て山野が部屋を出ていくと、もう話すこともない。帰りますと告げ、コピー機の所にいた山野の所に行った。


茶封筒を手にしていた山野はコピーをすぐに入れて差し出すと“沖田さん”と目を伏せたまま口をゆがませた。


「あの……僕があの対談の仕事を入れなければこんなことには……申し訳ありません。」


「君が気にすることないよ。僕が恰好よすぎたんでしょ。ちょっといい?」


事務所の外に彼を連れだした僕は、社長にかかっているだろう圧力について聞きだした。


「あのプロダクションのタレントが出てる番組には出れなくなるみたいです。」


「そう。じゃ、また何か動きあったら教えて?」


できるだけ明るく聞いたけれど、頷く山野の目は不安そうでこれが始まりに過ぎないような気がした。


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