[Angel's wing]

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中に入ると、オレに気づいた奴が声をかけてきたが適当にあしらった。


チームに入ったころは顔を覚えてくれる奴がいるだけで喜んだのに、今は全然嬉しくねェんだよな。


寝返りを打つと窓から差し込む日差しはぼんやりと絨毯を照らし、寮で生活してた頃を思い出した。


起き上がると、広い部屋にはジャグジーがついてるのが見える。


いい部屋を宛がわれたなとは思うがこの部屋にオレは合わねェ。荷物からジャージを取り出し着替えるとロードワークに向かった。


町にはオレがいない間に新しい店ができていてる。こんな田舎でも変わってくんだなァ。


フードを被って走るとすれ違う奴でもオレに気づかねェ。大学の裏の森に入りフードをとった。


「ここは変わらねェな……行くぞ。」


本気で走ると、木の根が凸凹してるせいでかなりの集中力がいる。


街のはずれに出るまで頭をからっぽにして全力で走り、アスファルトの固さで足を止めると汗が首筋へと流れ落ちた。


「はぁ……はぁ……クソッ!!」


街が小さく見える。いや、もともと小さな町だ。ここでは有名選手みてェにちやほやされるが、今のオレは落ち目。


試合に出れねェからって練習にも身が入ってなかったし、この息切れはその証拠だ。


ホッケーさえできてりゃ満足だったあの頃のオレはどこに行ったんだ?


恵まれた環境にいてもそこに慣れちまって、得たものより無くしちまったものの方が大事だったってやっと気づく。


羽央には“このままじゃ終わらねェ”なんて恰好いいこと言った以上、嘘にはできねェ。


「なんだかんだ言っても、ここがオレの原点なのかもなァ……」


ホテルに戻ってシャワーを浴び、ベッドにダイブすると朝になってた。


「腹へったなァ……」


羽央の料理の美味さと比べると、ルームサービスはくそまずかった。


無性にチョコバーが食いたくなったが、ホテルには売店がないし、買いにいくのは面倒だとあきらめた。


体のことを考えてチョコバーはずいぶん前から食ってない。そんな所まで元に戻んなくていいのになァ。


そろそろ時間か──…


空港にいくと旅行客でごったがえてしてる。まあ、こういう方が人に紛れて気が楽だけどな。


搭乗手続きを終えゲートに向かおうとした時、視界の隅に見覚えがある顔が見えた。


羽央じゃねェか。なんか嬉しくて頬が緩んだのがわかる。


おまえの方へ歩くと途中で気づいたみたいで、ぱっと明るい笑顔でオレに手を振った。


「見送りにきてくれたのか?」


『はい。今日は仕事なくて時間があったんです。』


正直だなァ……何をおいても見送りにきたって感じにしてくれたら、もっと頑張れるっていうのに。


『これ、頑張ってください。』


「やるな……」


差し出されたのはチョコバーで食いたい気持ちを察したのか、オレはあの頃と変わってねェと思われてるんだろうな。


『何が?』


きょとんとした顔をする羽央からチョコバーを受け取ったオレはポケットにしまうと言ってやった。


「今のオレにはチョコバーよりパワーをくれるもんがあるんだぜ?」


『ああ!プロテインとか?』


真面目に答えられると返す言葉がねェよ。まぁ、おまえらしいけどよォ。


何も言わねェえオレに疑問の顔を向けるおまえを抱きしめると、キスをした。


とはいっても唇じゃねぇし。頬と唇の境目ってとこか。


目を見開いたまま動けなくなってる羽央の顔が心なしか赤い。


「これくらい挨拶だろ?じゃ、またな。」


『あっ、はいっ。』


オレはそのままゲートを入って中へ。振り返ることはなかった。


もし、振り向いて羽央の顔を見たら表情一つで一喜一憂しちまうだろ。オレにとっておまえはそういう存在なんだ。


ここが出発点ならゴールは違う場所にある。その場所にもう一度まっさらな気持ちで向かえるのはおまえのおかげた。


オレ達の幸せは全然違うが、いい報告ができるようにお互い頑張ろうぜ。


負けねェからな。“ライバル”それがオレ達の新しい関係だ。


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