[Angel's wing]
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ホテルに送ってもらうとオレの荷物は部屋に運び込まれていた。
一人だってのにスイートルーム。キングサイズのベッドを見て、試合にも出れねェのにVIP待遇なのがなんかムカつく。
横になると日に焼けた天井を見つめ“これでいいのか”と自分に問いかけた。
『匡さんに何がわかるんですか?私達なりに幸せなんです。ほっといてください!』
胸に突き刺さったのは言葉よりもあの目。悔しさの向こうに憎さすら感じた。
羽央に非はないのに謝るのはおまえらしいけどよォ。もやもやするものを全部吐き出さねェとオレがおかしくなりそうで。
「そいつのこと本当に好きなんだな。でも、今のおまえ見てると不自然なんだ。」
思い当たるふしがねェのか困惑した顔をしたおまえに、言わねェと……
「我慢しすぎて疲れてるっていうか。昔はもっと明るかったぜ?まぁ、抱えるものが重たくなってくのが年をとるってことなんだろうが、おまえの良さをなくしちまうことはねェだろ?」
本当に伝えたかったことはこんなことじゃねェと思いながら口は全然違うことを言う。
“オレといたらそんな顔しねェだろ”その一言が出てこねェ。
好きな男の為に我慢してるのは明らかなのに、ほっといてくれ以上の拒絶をオレは受け止められるか?
無理だろうな。失いたくねェ……オレができるのは愚痴らねェおまえの気持ちを代弁してやること。
「寂しいんだろ?」
『総司の代わりには誰もなれません。私にとって特別な人だから……』
言い切れるってすげェな。勝機はゼロそう思った時点でオレの負け。
でも、まっすぐ生きてるおまえがオレに力をくれる。オレは……ピエロになっておまえを笑わせてやるよ。
「羽央、浮気でもして気楽に生きてみたらどうだ?」
こいつに必要なのは息抜きの仕方を知ること。くだらねェ会話が必要なんだ。
『浮気なんてしません!匡さんは浮気するんですか?』
鳩が豆鉄砲くらったみてえに目をぱちくりさせた後、一気にまくしたてるとオレを疑うまなざし。
だが、そこには悲壮感も我慢もなかった“総司”はこういう冗談とか言わねェだろうな。
何事も我慢。頑張る。奴はきっとそういうタイプだろう。羽央は素直だから一緒にいる相手の影響を受ける。
“匡さんみたいな人とつきあう人は幸せだと思います”
油断してたらカウンターパンチくらっちまったじゃねェか……
「本当にそう思ってるならオレ選ぶだろ。お世辞ならいらねェよ。」
“選べ”って言えりゃあな……選びませんって言われて終わるな。
『お世辞じゃないですよ。匡さん、彼女とかいないんですか?』
おかしな方へと話はそれていったが、ころころ変わる羽央の顔が見れるならいいかと思っちまう。
話が途切れて外を見りゃ明るいが、だいぶ遅い時間になってるのはわかる。時計を見たら予想と誤差10分上出来だ。
“送っていきます”その言葉を聞いて二人の時間は終わりだと思った。
誰もいない家で二人きり。でもオレに気がないのに押し倒すことも気持ちを打ち明けることもできなかったな。
羽央がだめなら次の女に行けばいい。そんな通過点の女じゃねェんだ。
オレの気持ちを受け止めてくれなくても、繋がっていてェそんな女。苦しめることも汚すことも失うことになる。
おとなしく帰って正解だ……
車の中は散々しゃべり倒したせいか、なんも話題がみつからなかったな……
車はエントランスの少し手前で止まった。人はちらほらいたが、車の中じゃ誰もきづかねェ。
「送ってもらってすまねェな。会えて楽しかったぜ。」
『私も楽しかったです。明日気を付けてかえってくださいね。』
楽しかったか……寂しさなんてこれっぽっちもなさそうだし、元のオレ達に戻れたってところか。
“じゃあな”と車を降りた時、ハンドルを握る左手にあの指輪が見えた。
それが犬の首輪みたいに見えんのは嫉妬か?約束と指輪。それだけで女は待てるのがオレには理解できねェ。
移民になるなんて大それたことする度胸があるのに、じっと待ってストレス溜めてる。
男についてくだけの女じゃねェだろ?思い出させてやれるのはオレだけか……
「羽央、幸せは自分で掴みにいかねェとばぁさんになっちまうぞ。」
『おばぁさんになるまでには……がんばります!』
通じてねェのかと思うくらいの笑顔、どこかで見たことあるな……そうか、ホッケーの試合した時か……
「なんか……いや。なんでもねェ。」
また昔話をしちまいそうで、話を終わらせドアを閉めた。