[Angel's wing]
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“これは逃げでしかない”と言い切る総司に反論することも、ここで降りるとも言えない私。
図星……羽央に会わないまま別れた方がいいと思う心の奥深い所では、面と向かって別れるのが苦しかったから。
これからどうするのとか心配されても何も決めてないし、笑顔で出発なんてできそうにない。
総司の言葉は確信に満ちていて考えがあるんだろうけど、私はどうしたらいいのかすら…
車は灯りのない道を進み、ハイウェイからそれ家の前の細い道へと入った。近づく家に焦りを感じ無言の総司に問いかけた。
「家に戻って……どうしたらいいの?」
「聞いてどうするの、それは君が考えることでしょ?僕は行先も決めず、逃げる君の手助けをするのが嫌だっただけ。」
厳しい口調に掌をぎゅっと握りしめ、自分の甘さを恥じた。これからのことを何も考えてないことすら総司にはお見通しだった。
ガレージに車を入れると、私の荷物を手にした総司が先を歩いていく。
「あのっ…自分で持てるから……」
「僕を凍えさす気?さっさと行くよ。」
玄関の明かりだけがついてる家へ入ると、羽央の姿はなくてほっと息をついた。
足音を立てないように二階の部屋の前まで行くと荷物を置いた総司は、そっけない態度で階段を下りていく。
それでも帰ってきたのは私が何かを見つけるためなんだろうと思ったら“ありがとう”と感謝の言葉が素直に言えた。
小さい声だったから、彼に届いたかはわからないけど……
寝室に入ると見慣れた光景に気が抜けてベッドに倒れこむと、体が疲れを訴える。
すごく眠い……お酒飲んでたし……
考えなければいけないことがあるのに、落ちてくる瞼に逆らえず意識が遠のいた。
自然に目を覚ますと部屋はまだ暗い。冬の間は日が昇るのが九時すぎで明るさで時間はわからない。
時計を見ると六時。いつも起きる時間が体に染みついてるんだと思いながら寝返りを打った。
逃げ……お酒が抜けると総司の一言が心にずっしりと重くのしかかる。
羽央からも……両親からも……確かにその言葉は的確で。逃げない生き方ってどうしたらいいんだろう。
しらふになると行動力もなくなっている自分に嫌気がさして、ベッドから出た。
ドアを開けるとリビングは真っ暗で、まだ二人は寝てるみたい。
熱いシャワーを浴び、二人が起きてきたら出ていこうと決めた。
「まだ、起きない……」
いつもトランペットを吹く時間になり、今、吹かなければ今日は吹ける場所にはいけないだろう。
寝てる二人を起こすことになるかもしれないけど……
外に出ると日が昇り始めた所で山際が薄明るくなってきてる。
ここで吹くのは最後なんだと思ったら、ガレージの前で足が止まった。
寒いけど、ここで吹こう──…
湖の前に立ち、私はいつもと違う曲を吹いた。指の動きを練習する為の早いものじゃなく、この風景に合う柔らかな曲。
自然は飾ることのない姿で生きることに疑問など持たないし、どんな人でも受け入れてくれる。
聞いてくれてありがとう。そんな思いでトランペットをしまうと湧き上がる思い。
楽しい。やっぱりトランペットが好き……
楽団に入りたい夢が叶わなかったらトランペットを辞めるかと考えてみた。
死のうと思っても手首は切れなかった。トランペットを吹くことは私の中でそれくらい大事なこと。
でも思うような演奏はできてなくて、毎日苦しみながら練習していた。
好きなことなのに苦しいなんておかしいのかな……理想と現実のギャップ。楽団に入る夢は確かにあったけれど、目標としてはずれていたのかもしれない。
まずは自分が納得いく演奏ができるようにならなくちゃ……
逃げない生き方はまだわからないけど、目標が見えそれが達成できたら一つ前に進める気がする。
納得できるところまで行ってから何をしたいのか探してみるのも悪くない。
決めた──…トランペット習おう。
リビングで待っていると呼んだタクシーがやってきて、私は二人の寝室をノックした。
ドアを開けた総司は昨日の服のままで、疲れた顔をしてた。ずっと起きてたのかな……
言い方はきついところもあるけど、行動に優しさが見える人だ。
「タクシーきたからもう行くけど、羽央はまだ寝てる?」
「起こすよ、ちょっと待ってて。」
静かに閉じたドアの音を聞くと、今更何を言えばいいんだろうと思って鼓動が早くなった。