[Angel's wing]

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放っておいてと叫んでも、傍から離れない羽央は私の気持ちをわかろうとする。


素直で優しいって思うけど、触れてほしくない所に踏み込んできた。


『ご両親が知ったら辛いと思う。』


両親のことは言わないでよ。劣等感のスイッチが入るから……


英語の教育を受けれない環境で育ち、移民となった両親は賃金の安い仕事しかできなかった。


私を大学まで行かせるのがどれだけ大変だったか、言われたことはないけど見てればわかる。


だからこそ、両親が望むような娘になれなかったことが申し訳なくて……


古いタイプの両親が、同性愛者なんて知ったらどれだけ絶望し非難されるか。


それだけじゃなく自分達の育て方が悪かったとか、移民になったからだとか己の人生させ否定しそうだ。


そんな思いをさせるなら夢を追って挫折したという理由で消えた方がいいって……


死のうと思った時は理由なんかなかったのに、こんな風に思うのは心にずっと負い目を感じてたんだ……


こんな私に生まれてごめんね。せめて兄弟がいれば諦めてもらえたかも。そんなことを口にすることすらみじめで耐えられない。


同じ移民でもこうまで違う……羽央は仕事で成功してて金銭的に困ったことなんてないでしょ?


「あなたに何がわかるのよ。自分が寂しいから両親両親っていうんじゃないの?羽央こそ両親の所に帰ればいいじゃない。」


羽央が優しいのは、全てを受け入れてくれる人から愛されてきたからだと思う。


同性愛は罪……そういう家では素直になれるはずもないでしょ……


はっとした感じで離れた手。こんな私にも優しくしてくれる羽央さえ最後は離れていく。


私はいつもこうやって人を傷つけ自爆するんだ。人を傷つけた分、私も傷ついてる……誰も知らないし信じてくれないだろうけど。


『帰りたいよ……帰ってみたい。』


鼻にかかった声は苦しさを絞り出すように低くて、触れてはいけないことに触れんだと息をのんだ。


『……っ……いないの……両親…。』


その衝撃的な言葉に思わず振り返ると、まつ毛が濡れた羽央が苦しそうに目を閉じてる。


我慢してる姿を見たら、その原因を聞くことは傷をえぐる事になるし声がかけれない。


ゆっくりと開いた瞼の奥には決意した瞳があって、ごくりと唾を飲み込んだ。


穏やかな笑顔の羽央を見て演技だと思った。心の闇を感じながら笑えるはずないもの……


『ケリーはまだ、愛すべき人と出会ってないだけだと思う。離れてもまた引き寄せられてしまう、そんな人がきっといるはずだから。』


確信に満ちた言葉は総司のことを言ってるんだとわかって聞き返すと、頷いた羽央の眼差しは痛いくらいまっすぐで見てられない。


総司に負けてるという漠然とした思いに俯くと、急に記憶喪失だと打ち明けられた。


“冗談でしょ”と顔を上げてもそれを取り消す言葉はなくて、小さく深呼吸した羽央が話し始める。


本当の話なんだ……それは、総司と羽央が歩んだ軌跡


勉強を教え、入院し戸籍を取る。簡単に言うけど、それは移民申請なんかよりもずっと大変なはず。


総司は自分の好きなことをして、勝手に生きる人だと思っていたのに全然イメージと違う。


羽央の為に病院に通い、自分も患ってた病気のせいで人を避ける生活。理解しにくい理由の離婚さえ羽央の為。


そんなこと普通できないよ……


二人の間にあった出来事は、私には“大変”にしか映らない。それでも、今も愛する気持ちを持ち続けてる。


でも、それはあなただから。私じゃきっと諦めてる……苦しい中で人を愛せる自信なんてない。


ガイドの仕事がうまくいかなくて冬の夜に外で死を考えたことがあったと言われ、羽央にさっき言われたことを思い出した。


寂しくて孤独で。その気持ちは同じだったんだね。でも、私は……愛されたかった……


自分の本音に気づくと涙が勝手に流れて、拭ってもまた……渡されたハンカチを目にあてると優しい香りがする。


両親は懸命に育ててくれたし、愛してくれてたのかもしれない。だけど、心が愛で満ちたことはなくて。


家族がいない羽央は“愛”を知ってるのに、私の心はぽっかりと穴が開いたまま。


恋人がいた時は幸せだったのに……何が違うんだろう……自分がみじめでまた泣けてくる……


「私は羽央みたいになれない……私なんか最低だもの………」


いつも幸せそうに満ち足りた笑顔を見せる羽央に憧れていた。自分が拒絶したい私にも優しい言葉をかける。


ないものをねだっても手に入る訳ないのにね……


『人と比べてたら幸せでも気付けないよ。ケリーにはケリーの幸せがある。幸せは人の数だけあってみんな違うの。』


私らしいってどんな?自分のことなのに全然わからない。俯いたままでいると羽央は話を続けた。


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