『Angel's wing』
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運転しながらお客様と話し、観光地を回る。最初は一人でやっていたことだし、できないはずはない。
だけど一日終わるとへとへとになっていて、どれだけジェイソンに助けられていたか実感した。
明日は紅葉を追うように遠出して一泊するから、走行距離もかなり長い。
彼の考え次第では一人でやるしかないよね……
時計を見ればスーパーはもう閉まってる時間。コーヒーショップでベーグルとスープを買ってジェイソンのアパートに向かった。
ベルを鳴らすとすぐにドアが開きジェイソンが申し訳さそうに顔をだす。
お酒臭さはないけれど力のない目には複雑な感情が入り混じってる。
『お腹すいたからこれ買ってきたの。一緒に食べない?ちょっと話したいし。』
袋を持ち上げると“ちらかってるけど”と中へ手を広げた彼の表情は硬い。話したくないんだろうけど、仕事に支障が出ているし放っておけない。
中に入るとカウチソファーがあって、前に置いてあるテーブルには小振りなビール瓶が所狭しと置いてある。
『これ……全部一人で飲んだの?』
「こんなの大したことねえ。若い頃はこれの倍は飲めた。一晩中飲んだって次の日動けたのにな。今、片付ける。」
空き瓶を大きな手で挟み込むように数本掴み、キッチンへ何度か持っていくとテーブルの上にはテレビのリモコンだけになった。
カウチソファーはジェイソンが横になれるくらいの大きなもので、二人が座っても間にもう一人くらい座れるほど余裕がある。
買ってきたものをテーブルに置いたけれど、彼が発する暗い気に話を切り出すタイミングが見つけられない。
つけっぱなしになっていたテレビを二人でじっと見つめるしかなくて……
CMに入るとテレビを消し、私の方に体を向けたジェイソンは思いつめた表情で話し始めた。
「羽央はなんで怒らねえんだ?飲んだくれて仕事しねえ俺なんかに飯買ってきたり……優しくする必要ねえだろ?」
怒ってない訳じゃない……でも、完璧にガイドできたかと言われると自信がない。最後の方は疲れた顔を見せてしまったし。
ここが好きで来てくださるお客様に申し訳ない気持ちの方が強くて、自分の怒りは後回しにできる。
『怒ったよ……でも、ジェイソンがいてくれるから私はガイドに専念できてたんだってわかったし……
風邪で高熱が出て休んだと思えば同じ。これまでそんなことなかった方が珍しい。
でも、今回はケリーとのことが原因でしょ?何があったのか話してほしい。』
“ああ”と観念したように視線を手元に向けると、ジェイソンは昨日のことを話はじめた。
「……レストランではいつもの感じで、悪い雰囲気じゃなかった。まあ、俺の気持ちは伝わってなさそうだったから帰りの車の中でちゃんと言おうと思って。
“今度デートしてくれねえか”って言ったら“あなたとデートなんてありえない”だとさ。
その言い方が…ぐさっとな……やりきれなくてアホみたいに飲んじまった。」
胸に人差し指をあてたジェイソンは口角を無理に上げた。
『本当にケリーがそう言ったの?』
「ああ、ヒステリックっていうか嫌悪感丸出しで信じられなかったぜ。さっきまでは普通に話してたってのに。
家までは送っていったけど顔を逸らすようにずっと外見て、下りても挨拶もなし。今まで見てたケリーはどこいったんだって頭が混乱した。」
アイスの件で違う一面を見ていた私はいつものケリーが全てではないと、どこかで思っていた。
でも、それはお酒という原因があったから……
『どうしてそんな風に言ったんだろう……ケリーはお酒飲んだ?』
「飲まなかった。俺も運転するしな……まあ、バツ1の男とつきあってこの町で終わるの想像したらぞっとしたんじゃねえか?トランペットで食ってきてえみたいに言ってたし。」
『そんな風に思ってないと思うよ……』
否定はしたものの確信に満ちた彼のショックを消し去ることはできなかった。
トランペットで食べていきたいっていうのは初耳。ジェイソンを信頼しているから話した……
ケリーは楽しそうにしていたけれど本当に望むものが別にあって、三人でずっと仕事をしていくことは最初から無理だったのかもしれない。
『ケリーはここを出たいのかな……』
「そうなんじゃねえの?うまくいけばな……俺はここから出たこともねえし、全然わかんねえ世界だ。
はぁ……遊びならこんなにヒリヒリしねえのに。もうこりごりだ。」
二人とも無言で考えてるのはケリーのこと。静かな部屋はさらに静かになった。
「羽央に迷惑かけたのは悪かった。明日からちゃんと働く。確か一泊だよな?」
『うん。そう……』
“じゃ、これ食おうぜ”と袋を開けたジェイソンと一緒にベーグルを食べ終えると、九時を過ぎてた。
玄関まで送ってくれた彼は話したからか、少しすっきりしたみたい。
仕事は明日から通常通りでも、私達三人は今までと同じではいられないんだよね。
『聞きておきたいことがあるんだけど?』
嫌なことを聞かれると察知したのか、眉間に皺が寄ったけれどジェイソンは諦めたように頷いた。
『もう一度、ちゃんと話し合った方がいいんじゃない?何か誤解があるかもしれないし…ケリーに私から聞いてみようか?』
「やめてくれ!……もういいんだ。」
怒ったような声で拒否した後、自分に言い聞かせるように呟いたジェイソン。
いつも明るい姿ばかり見ていたせいかどう接していいのか迷い、取り繕うように微笑むしかなかった。
『わかった。じゃあ、明日8時に家にきて。』
それだけ告げて私は車に乗ると、ケリーに連絡してなかったことを思い出した。食事待ってるかな……
スマホを見たら着信はない。連絡した方がいいと思うけど……迷った私はバックにそのまま戻した。
家に着くまで少し頭を整理したい。ジェイソンにはああ言われたけど、ケリーにも言い分があるんだろうしちゃんと聞かなきゃ。
どうしてあんなことを言ったのだろう……
疲れているはずなのにそんなことを忘れるくらい、頭の中は彼女のことでいっぱいだった。