『Angel's wing』

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昔のルームメイトとは生活のサイクルが違うのもあって、本当に家をシェアしてるってだけだった。


ケリーは食事やお風呂の時いつも声をかけてくれる優しさがあって、一緒に暮らしてるって感じがする。


“食事作るけど一緒に食べない”と言われると気遣いが嬉しくて、彼女が作ってくれたものを一緒に食べていた。


トランペットにしか興味がないって勝手に思ってたから、二人でいる時間が不思議……


顔を合わせる回数が多くなると冷静な表情の中にある感情の動きがわかって、印象も変わっていく。


一人が好きって訳じゃないのかも……


あっという間に一ケ月経った。その間に彼女の仕事が決まったのだけれど初日で辞めてしまった。


レストランの厨房に入ったら、あまりの不潔さに耐えられなったらしい。


その後も何度か面接を受けてもいい結果はでなくて。小さい町は雇用自体少ない現状。


どうするんだろう……いつまでだろう……と考えることもある。


でも住まわせてもらっているからと家事全般引き受けてくれてるから、悪くて聞けない。


料理上手だし掃除は窓までピカピカ、洗濯物にアイロンもきちんとかける。時間のない私よりきちんとしてる。


一緒の食事があたりまえになって、朝起きると二人分の朝食が並ぶテーブルについた。


おいしそうだけどフォークを持つ気になれない…


今更、断るのは……と思う。だけど、自分で作ったものを食べたい時もあるし仕事に向き合うペースが乱されてると感じてしまって。


『ケリーの料理すごくおいしいんだけど、仕事の朝は和食が食べたくて…その時は自分で作るから私の分は作らなくていいよ?』


“わかった”と言った彼女の表情はどことなく寂しそう。


悪いなって思うけど、ずっと料理を作らない日々が続くと感覚が鈍りそうって思ったのも事実。


まだずっと先だけど、総司と会う時はおいしいものを作ってあげたい。


それでもフォークの動きが遅くなった彼女は寂しそう。


彼女の料理を否定した訳じゃない、一緒に食べたい気持ちがあるとてわかってほしい。


『日本食好き?ケリーが食べたければ作るけど……』


一緒にいるならバランスが大事だと思う。お互い作りあえれば一番いい……


「本当?食べてみたい……いいの?」


『もちろん。じゃ、明日は私が作るね。』


“楽しみ”って笑った彼女の笑顔は、いつものきりっとしものとは違って柔らかくて、声をかけてよかった……


次の日、私が作った朝食を一緒に食べたけれど、彼女もすごく気に入ってくれたみたいで“作り方を習いたい”って。


休みの日に教える約束をして私はお客様のホテルに向かうと、体に元気が漲っている。


やっぱり和食だ……車を運転するジェイソンに“何かあったか”と聞かれたけど“なんでもない”と答えた。


一週間後、約束通り和食の作り方を教えていると、食材の話とか自然に会話が続く。


嫌いなものの話をするとどうして嫌いなのか、嫌いだって思った出来事がある訳で、自然と家庭環境が話に見え隠れする。


厳しい両親だったんだ……嫌いでも残せなくて我慢してたら余計嫌いになったって……


その時の彼女の顔は本当に嫌そうで、両親の元に戻ろうとはしない理由がわかった気がした。


家族の話はしたくなさそう……過去がない私にはその安心感は大きい。


ここが住みやすいのはガイドとしての私を知ってる人しかいなくて、どうやって生きてきたかは誰も聞かない。


自分の運命を受け入れたつもりだけれど、人に話せる話ではないし……


なんとなくだけど、ケリーとはいい距離感で付き合える気がした。


その予感は月日が流れていくとすぐに現実に──


パーティや共通の趣味を持つ友達のような時間はないけれど、一緒にいてもリラックスできる。



初夏になると今までにないくらい仕事が入って、ほとんど休めない。本を読む時間さえなくなっていった。


彼女は結局、働かないまま。それでも毎月食費としてお金を入れてくれる。


いつまでいるのかと聞かなかったのは、家事をしてくれる彼女に助けられていたから。


ソファーに座っていたらうとうとしてしまい“風邪ひくよ”と起こされた。


『そうだね…ちゃんと寝ないと。ふぁ〜』


目をこすると欠伸が出て大きく伸びをした。どうして今年はこんなにツアーの申し込みが多いんだろう…


「羽央、疲れてるんじゃない?私でできることがあれば手伝おうか?」


その言葉に思い出したのは谷さんのこと。私がやらせてもらっていた仕事ならケリーにもできるんじゃないかって。


ケリーにちゃんとバイト料を支払えば、お互いにとっていいかもしれない。


『夏の間だけでいいから仕事手伝ってもらえるかな?』


“もちろん”と快諾してくれた笑顔にほっとしたのは、彼女の持ってるお金が底をつくことはなくなると思ったから。


でも、それが私達の関係を変えるなんてその時は考えていなかった。


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