『Angel's wing』

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ポールが並びグレーのベルトで仕切られた中を歩き、セキュリティチェック前の最後の列に入った。


右側を見ると、私が並び始めた時よりも長い列ができていて総司が人々の間に見え隠れする。


位置的に手荷物検査を受けるときには総司の顏がちゃんと見れるはず。その時には笑顔で手を振ろう……


小さな決心をしても周りから聞こえるはしゃぎ声が気持ちを落ち着かせてくれない。


私の次にいる女の子達は旅行みたいで、聞こえてくるのはビーチの話。旅行なら……私も笑顔で出発できるのに……


それでも自分で帰ると決めたんだし、涙で別れたくない。目を閉じ深呼吸すると急に後ろから腕を掴まれた。


『総司……?』


「羽央、ちょっと出て。」


どうしてと問いかけるよりも先に総司の指示に気持ちが動転して……


『……う、うん。ここ通っていいのかな……』


パーテーションのベルトを外そうとしたら、係員が駆け寄ってきた。


「ちょっと話があって。後で並び直しますから出てもいいですか?」


総司の説明に納得したのか係員が“どうぞ”とベルトを外すと、並んでいる人の興味本位の視線が向けられた。


腕は離され少し先を歩く総司についていくと、私の歩調なのにその距離は変わらない。


背中で気配を感じてくれてる……


でも、私は総司の後姿を見つめるだけで喉の奥がきゅっと締め付けられる。話って……なんだろう……


行くなって言ってくれたら──


総司がそんなこと言うはずないってわかっていても、考えてしまう。


だって、好きだから一緒にいたいって思うのは、自然なことだもの……


ふと落とした視線の先で総司のつま先が私の方を向いたのに気付くと、総司の胸に抱きしめられていた。


……期待しても……いい?


両腕を曲げることもできないくらいきつく抱きしめられ、動くことも声を出すこともできない……


「そんな顔じゃ行かせられない。これは君が決めたことでしょ?」


耳に届く声は優しいのに……突き放す厳しさがあって、甘えは許されないんだって……


期待してしまった分だけ、どこまでも落ちていく気持ちを止めるのは総司の生き方。


決めたことは絶対──…でしょ…?


『わかってる……わかってるの……もう少しだけ総司の胸にいさせて……総司でいっぱいになったらいけるから。』


強くありたいと思うけど、寂しさは堪えきれなくて──…涙のかわりに甘えたの……


少し緩んだ腕から総司の背中に手を回すと、力いっぱい抱きついた。


服ごしに総司が一瞬驚いたのがわかる。それでも、心を総司でいっぱいにしたくて……


総司の肩の位置……広い胸……匂い……全部覚えていたい。目をつぶって感覚に焼き付けるまでどれくらい時間がかかったのか。


私が離れようとするまで総司は、じっと待ってくれた。


『もう、大丈夫……』


力を抜くと腕が自然に横に戻ってきて、自分の言葉を証明するように総司の顏を見た。


少し影のある瞳は……寂しいと思ってくれてるのかな……


総司の指先が私の顎に触れると見えてるものがスローモーションになった。


翡翠色の瞳に私が映ってると気付く距離までくると瞼が閉じて、唇が触れる。


乾いた唇から入り込む熱い吐息──


吸い付くような口づけは愛してるって言ってるみたいで、ここが空港だってことすら考えなかった。


「そろそろ行かないと……だね。」


ゆっくり唇が離れると総司の瞳には私が映っている。最後にきゅっと抱き合ってから列へと向かって歩いた。


もう何も言葉はなかったけれど、愛しい時間……


最後尾に並ぶとすっと繋いだ手を離し胸元で小さく振り、微笑んだ。


今度は目があっても手を振ったりはせず、二人ともただじっと別れの時を待つだけ……


手荷物をトレイに乗せると総司の姿が目に入り手を振ると総司が小さく頷いたのが見え、こみ上げるものを堪えるように背を向け中へと進んだ。


視界から総司が消えた瞬間、熱くなった目頭から零れ落ちた涙は冷たくて……


どんなに納得したつもりでも心はいうことをきかない。それでも係員の視線を感じて指先で拭ってみたけど次の雫がまた溢れた。


総司には見えないはず──…


「大丈夫ですか?」


心配してというより怪しまれているような冷たい響きに、私の想いを否定された気がしてきゅっと唇を噛んで頷く。


大切な人と別れるのが辛いと言ってもその思いは人それぞれ。その苦しさが改めて総司をどれだけ好きか思いしらされる。


出国審査へと足を進めるごとに総司から離れているんだと諦めが強くなるけれど、心は厚い雲がかかったように沈む。


初めて出国した時は総司と一緒で。旅行の時は総司のことを想いながら……その後は、一人でやっていく覚悟を胸にいつもこのゲートを通ってきた。


ここを通るたび覚悟を胸に旅立っていた。こんなに後ろ髪をひかれる気持ちで出国したことはない……


自分で納得した上でのことなのに、二人で生きたい人がいるのに一人になることに心が軋む。


何がこんなに不安にさせるんだろう……


同じ方向へと進む人の背中を見ていると考えるのは私の過去。いつも大きな波に揺られ気づくとまったく知らない所へ流れ着いてる。


この別れがちゃんと再会へ続くのか……


会いたくなったら会いに行く。ただ待つんじゃなくそこへ向かって進まなきゃ。


長い通路に行き交う人を眺めながら手にしたバックを握り歩調を速めた。


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