『Angel's wing』
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澄み渡った空は、この別れが正しいって言ってるみたい……
自分で出した答えではあるけれど不安がないといえば嘘になる。
「羽央ちゃん、総司君のことはまかせて。だから安心してね。」
私の心を見透かすようなおばさんの言葉にどきりとして、気づかれないように頭を下げた。
『お世話になりました。総司のことよろしくお願いします。おじさんもおばさんもお元気で。』
「これ羽央ちゃん、おいしいって言ってたでしょ?車で食べて!」
別れの空気を壊すようなおばさんの元気な声がして顔を上げると、手にした紙の包みを私に差し出してる。
包みに書かれていた名前を見ておばさんと食べたお菓子……憶えていてくれたのがうれしくて元気な声で礼を言うと総司がくすりと笑った。
「じゃ、送ってきます。」
総司の一言で車に乗り込み、助手席の窓の横へ位置を変えたおじさんと目が合うと大きく頷いてくれてる。
カナダへ行くって言った時みたい……人を大切に思う気持ちはどこにいてもその人の支えになるって思いだした。
総司とは離れてもおじさん達がきっと総司の支えになってくれる。家族としても、人生の先輩としても。
おじさんの家に来るときはいつも私のターニングポイントになってる気がする。でも、今回は二人にとってのだね……
「それ、何なの?」
『あっ、これ?すごくおいしいの……』
大事そうにひざの上に乗せていたからか、総司が包みの中身を気にしてたから開けて見せた。
三角の個包装になった和菓子を見せ“食べる?”と聞くと“僕はいい”と視線を前に向けた総司の横顔をじっと見つめていた。
あと、数時間で……見れなくなる……
その現実に視線を手元の包みに元に戻した私に“食べれば”と言ってくれた総司に首を振る。
美味しいけど……今は、そんな気分にならないよ……
『向こうについてから食べる。』
精一杯の強がり……カナダに戻ってこの包みを開ける所を想像したら、一人になるのは私なんだって……
きっとその時に思うのは日本にいる総司やおばさん達のこと……
包みを持っていると余計なことを考えてしまうと後部座席に置き、気を紛らわせるように窓の外を眺めた。
空港まで何キロという看板が出てくるたび緊張感が増していき、車内に流れる音楽すら耳にはいらない。
空で飛びかう飛行機がいつもより大きく見えるようになると、隣にはリムジンバスが走っていて空港に近づいてることを知らせる。
空港……着いた……
「お菓子スーツケースに入れる?」
『あっ……そうだね……』
トランクを開けた総司にはっとしてお菓子の包みを後部座席から拾い上げると、トランクの方へ。
出してもらったスーツケースを開け隙間に包みを入れ、閉じる前に二つ手に取り半ば強引に総司に渡した。
断ったはずなににと不思議そうに私の言葉を待つ総司の顏を見て、大きな手にあるお菓子を見つめた。
『私の好きなもの総司にも食べてほしいなって……』
「そうだね。後で食べてみるよ。」
総司は私が好きなものを食べることが私を知ることになると思ったんだと思う。
だけど…私は一人でこのお菓子に向き合うのが怖かったから……総司も食べてるんだって思いたくて渡したの。
子供みたいな考えとだってわかるから言葉にはできなくて……でも思ってるだけでなんだか後ろめたい。
総司は運転席のメーターの上に包みを置くと鍵をかけ、スーツケースの取っ手を握ると左手を私に向け広げた。
手を繋ぐと絡まった指がしっかりと私をひっぱっていってくれる。
でも、今日だけはついていきたくないって……
諦めきれない私がいる……
ターミナルは出発便が電光掲示板に記されていて、ツアー客があちらこちらで輪をつくり説明を受けていた。
目にいくのは添乗員の方でスーツ姿で旗を持ってる。お客様が快適に楽しめるようにお手伝いするのは同じ。
私にもできるかなと想像してみたけれど、何かが違う……
「羽央……どうしたの?ツアー客か。君も戻ったら忙しいんだろうね。」
『えっ…?あっ、うん。仕事がんばらないと。荷物預けてくるね。』
日本にいたら私は何の仕事ができるのかって考えてた自分にはっとして、カウンターに向かった。
一つずつ出発の手順を踏めば覚悟も決まるはず。荷物を預けセキュリティチェックを受けたら、総司と別れることになる。
再び手を繋いだけれど足取りは重くて……何人も追い越された……
「結構並んでるね……」
『うん……』
「羽央、誕生日には会いにいくから。元気で。」
伝えたいことは昨日ちゃんと話したし、永遠の別れじゃない。笑顔で前に立つ総司みたいに明るく……
『総司も……仕事、無理しすぎないでね。じゃ、行くね。』
精一杯の笑顔を残し最後尾に並ぶと二メートルも離れていない場所に立った総司。姿が見えなくなるまで見送るつもりなんだね……
腕組みをしてる総司は穏やかな顔で私が小さく手を振ると、組んでいた腕はそのまま左手だけ上げてくれる。
列が進んで総司の方を見る度に動く手に、胸の奥がじんじんして……苦しい……
好きでも……寂しくてもカナダに帰るしかないんだと、前に立つ人との隙間ができる度に足を進めた。