『Angel's wing』

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時計を見ると総司が出かけてから二時間になる。遅いけど、整備してなかったから色々あるのかな……


リビングの端に置いてあるスーツケースが目に入ると、本当にここを出ていくんだなぁって……


カナダから戻る時はおばさんの所にお世話になるだけで、自分の家に帰るのとは違ってたし。


いつの間にか自分の家って思えるようになってたんだね、離れるのが少し寂しい。


でも、また帰ってくるからね──…


ぐるりと部屋を見渡し、ここで過ごした楽しい時間を思い出していた。


あっ…帰ってきた……


暫くして聞こえたエンジン音で玄関に向かうと、帰ってきた総司はなんだか疲れた感じで。


『おかえりなさい。大丈夫?』


「うん、オイル交換終わったし。羽央の方は?」


『終わってるよ。コーヒー淹れようか?』


「また片づけるんじゃ時間もったいないし。」


どことなく不機嫌そうに頭を振った総司を元気づけようと、リビングのテーブルに置いたスケッチブックを手に取った。


『総司、私も描いてみたんだ。』


私の下手な絵を見たら“似てない”って笑ってくれるはずだって………


無表情でスケッチブックをめくる総司の手が止まった。両親の前に私が描いた総司がいるのが見える。


『家族写真みたい……』


でしょ?と聞くつもりだったのに、総司の顔を見上げたら声が出ない。


驚きで見開いた目はで光を失ったような暗いものに変わり、私が思い描いていた反応とは違うものだった。


それも……すごく悪い方へ……大変なことをしてしまったと思うと嫌な音を立てた鼓動は大きくなっていく。


『ご両親……二人じゃ……寂しいかなって…』


良かれと思ってしたことだとわかって欲しいと訴える小さな声に、総司の顔は怒りで強張っている。


「余計なことしないでくれる?家族ごっこなんて必要ないから。」


地の底から絞り出したような声は冷たくて、私を拒絶する刺々しい空気に何も言えず俯くことしかできなかった。


ビリッ……ビリリリリッ……


力まかせにはぎとられていくページに目を見開くと、スケッチブックが床に落ちびくっとした体が反射的に音のした方へ向く。


その間も音は聞こえていて、視界に白い何かがはらりと舞うのが見える。まさか……


顔を上げると絵が描いてあったページを破る総司は鬼気迫る形相で、私の視線に気づくと破るのを止めぐしゃりと掌で紙を丸めた。


首に筋が立つくらい力を込める姿が怖くて……私の膝が震えてる……


空になっていたゴミ箱に叩きつけるように捨てると、振り返った総司。


「頼まれたからって両親の絵なんて描かなきゃよかった。僕が悪いんだ、羽央は気にしないで。これには触らないで。」


慰めてくれてるみたいなのに、怒られてる風にしか聞こえない。総司はやっぱり怒ってるんだよね……


『ごっ、ごめんなさい。私が勝手なことしたから……』


「ちょっと調べたいことがあるから二階に行くね。」


“はい”としか言えない私を残し、速足で歩く総司は階段を駆け上がり作業部屋のドアが力任せに閉じる音がした。


その勢いで空気が震えた感じがリビングまで伝わり、へなへなと座り込むと体が震えている。


怖かった。あんな顔で紙を破るなんて……


二階へ行く前は少し冷静さを取り戻していたけど、本当の総司は怒ったままだと思う。


準備は終わってるのに出発せずに部屋に行ったことがその証拠。


ちゃんと謝った方がいい?でも気にしないでって言われたからもう、触れない方がいいかな……


どっちも正しい気がして動けずにいると、さっきの総司の顔が頭に浮かんで思考が停止してしまう。


傷つけた──今まで私がしてきたどんなことよりも──…


『……ぅぇっ……っ……うっ……』


目頭が熱くなった途端、頬を伝い落ちた涙が服へ吸い込まれていくのを見ても自分を責める気持ちに目を閉じた。


それでも涙が溢れてくる……愛してるのに傷つけるなんて……


『……ごめっ…ヒック…ごめんっ…ぅ…そぅ…』


受け取ってはもらえないかもしれない謝罪を口にするしか……


ガタンと大きな音がして顔を上げると総司が私の荷物を玄関へ運ぶ所で、向けられた背中に視界が歪んでいった。


泣いていても何も解決しない……


腕で目をこすり立ち上がった私は総司のキャリーケースを玄関へ運んだ。


「僕が運ぶからいいのに。」


『うん…私の重いのに……ありがとう。』


それに対する返事はないまま荷物は車に運ばれ、車の横に立って総司を見つめていた。


どうして……目を見てくれないの…?


一人で行っちゃうんじゃないかと不安で仕方ないけど、聞いたら信用してないと誤解される…



総司が玄関の鍵をかける為に戻っているうちに、黙って助手席に座った。


待ってたら“乗りなよ”って言ってくれたかな。想像できなかったから、自分で乗るしか……


悩んでいるうちに総司が車に乗り、ヒーターの風量をマックスにすると無言でアクセルを踏んだ。


二人で行こうという気持ちがあったことにほっとしたけど、両手で握られたハンドルを見れば、全てが元通りになったわけではなくて。


私と距離を置こうとしてる……


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