『Angel's wing』

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居間に顔を出し“仕事に行ってくる”と挨拶した平助。僕だけ玄関まで見送りに出た。


シンプルだけど品があるバックは和夏ちゃんが作ったんだろうね…


「羽央さん、大事にしてやれよ。」


靴を履いた平助は振り返ると、居間にいる人達に聞こえないくらいの声で言った。


「わかってる。平助こそ愛想つかされないようにね。」


「オレは大丈夫!総司こそって言いたいけど、羽央さんはないな。そろそろ行かねえと。じゃ、またな!」


勢いよく玄関を開けた平助に手を上げると、笑顔を残し駈け出した。


平助の笑顔、昔と同じだ……薬の副作用があった時に見せていた遠慮がなくなったことが嬉しい。


朝食を食べゆっくりしてから、通勤ラッシュが終わるのを見計らって駅へ送ってもらった。


ハンドルを握る伯母さんは羽央に最近日本で流行ってる物の話をしていて、車内はのんびりとした空気が流れている。


だけど駅に着くと“がんばってね”と手をにぎりしめた伯母さんの眼光の強さは半端ない。


“羽央ちゃんのこと悲しませたら許さないわよ”って台詞が聞こえるよ…


電車を乗り換えターミナル駅に着くとまわりの音が複雑になって、脳が少しぼーっとしてる感じだ。


それでも隣に羽央がいて、絡めた指の感触や温もりが僕を現実へと引き戻してくれる。


聞こえる言葉で脳に掛る負荷が違うのかな…慣れていくよね…そのうち…


特急電車の車窓を流れていく景色を食い入るように見つめる君は子供みたいだ。


やっとついた最寄駅は雪に覆われていて、車しか乗らない僕は初めてこの駅の構内を歩いた。


カナダに行く時は空港までタクシーで行って、あまりの距離に何度も確認されたっけ。あの運転手の顔が思い出せない。


駅前で客待ちをして列を作るタクシーに乗り込むと、知らない顔の運転手で見たことないことはわかる。


忘れるということをもう少し分析した方がいいな…


家を見た羽央の嬉しそうな声を聞いて、君の事を想いながらリフォームしていた時の切なさが癒されていく。


二階の窓を見上げ思い出した……


色々な場所に飾ってたのを最後に仕事部屋に押し込んで、君に会いに行ったままだ。


ここに羽央が来ることはないと思っていたし、僕が君を求める気持ちが大きくなりすぎてあれを作った。


僕にとっては大切なものでも、羽央が気持ち悪がったら処分も仕方ない。


本物の君がいてくれるんだから…


判断は羽央に任そうと決めてもドアノブを回すと緊張が走る。


凝視する羽央は驚いていたけど、嫌悪感はないみたいだ。大丈夫かな……


聞いてみると嬉しいという君の言葉に、狂おしいほど君を愛していた僕を受け入れてもらえたような気がした。


ほっとして部屋を見ると埃が目につくほど汚れていて、家を空けた時間の長さを感じる。


明るい君がいてくれることで、面倒な掃除すら楽しい作業になったけど。手分けして終わらすと、羽央がコーヒーを淹れてくれた。


二人で座るには狭いソファー。食器だって一つずつしかない。ずっとは一緒にいれなくても羽央のものを揃えたい。


買物も今の僕なら普通にできる。久しぶりに自分の車に乗ると体が感覚を憶えていて無意識で操作できるから楽だ。


髪が短いせいか薄暗い車内でも羽央が視界に入る。ずっと僕のこと見てるよね……?


どうしたのって聞いたら二人の位置を気にしてるみたいだけど、昔みたいにしたいのかな…


手を繋ぐと僕達の時間が巻き戻されていく感じがする。ゆっくりと進もう…ゆっくり……


インテリアのお店は平日のせいかお客はまばらで、展示されてる家具を見て回った。


『ホットカーペット買ったら、今のソファーのままでいいんじゃない?』


「そうだね…」


ベッドやソファーを見ても羽央は大きいものを買わない提案をする。お金を気にしてか帰国することを考えてなのかはわからないけど。


一緒に使うものを買いに行ったことがなかったからわからなかったことだけど、このままじゃ納得いかない。


「ねえ、羽央。僕はあの家は二人ものだと思ってる。君は居候みたいに過ごそうとしてない?」


『そんなことないよ…大きいの買ったら今使ってるものは置く場所がないから捨てなくちゃいけなくなる。

総司が気に入って選んだものを、使えるのに捨てるは可愛そうで…』


しょんぼりとしてしまった羽央を見ると、僕の言い分は子供みたいだ。


僕が選んだ家具を大事に思ってくれる羽央をぎゅっと抱きしめると、慌てた声が聞こえる。


『総司っ!!店員さんが見てる!!』


「うん、知ってる。でもあっちが顔をそらしたから大丈夫。それより羽央の声で他のお客さんが見てるよ?」


『恥ずかしい……』


僕の腕の中で小さくなろうと膝を曲げていく羽央の耳は真っ赤で、ちょっとやりすぎちゃったかな……


さっと羽央の腕を引っ張って通路を渡ると僕よりも高さがあるキッチンボードがずらりと並んでいた。


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