『Angel's wing』

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「総司君。羽央ちゃん…ずいぶん頑張ったのよ……」


しみじみと伯母さんが話し出したのはカナダから帰ってきた時に羽央が伯父さん達に話したこと。


平助が知らないことは僕の耳に入ってこないから、僕が考えていた君の生活とは違っていた。


全てが順調という訳ではなく、挫折して悩んだり。それでも自分で選び取る力を身に付けた羽央を誇らしく思うよ。


「羽央ちゃんしっかりしてるけど、私から見たら総司君が望んだようになろうって必死な感じがして心配だった。でも自分の力で居場所を見つけたわね。」


自然に話す伯母さんの顔は優しさに溢れていて、昔と同じだった。


「今日、総司君の隣にいる羽央ちゃんが一番幸せそうに見えたって思うのはいけないことなのかしらね…」


独り言のようにぼそりとそう言った伯母さんの言葉を聞いて、何度か一人でここを訪れた羽央の顔を想像した。


でも…どれも違う気がする…その時に見た伯母さんにしかわからないものだよね。


今に満足する幸せもわかるよ。伯父さん達は何十年も一緒に生きて幸せそうだし。だけど…


「伯母さん、自分が決めない限り幸せに上限なんてないんですよ。」


“もう、口じゃ勝てないわね”と笑った伯母さんの目じりにはくっきりとした皺が見えた。


伯父さんや伯母さんは僕の中で小さい頃から大人だった。当然か…


信頼できるし尊敬する部分も多いけど、僕が大人と言われる歳になると少し違って見えてくる所もある。


保守的だって。でもそれを否定するつもりはないんだ。考え方の違いの後にあるのは歩んできた人生の違いだってわかったから。


違いを理解できると気持ちの距離を感じそうなことも、苦しくない。


納得してもらえないからと言って背を向ければいいとは思えない。向き合った分だけ理解しあえるって。


伯母さんがそれ以上何も言わないのは、全部言ったからだよね。僕は目を閉じハサミが髪の毛を切る音に耳を傾けた。


この速度……変わらないな……


さほど時間はかからず、柔らかなブラシが僕の顔についた髪の毛を落としていく。


目を開け鏡の中の僕に驚いた……


「伯母さん…ちょっと違うんじゃない?」


「そう〜?前髪なんてすぐに伸びるし目に入りかかってたから。」


視界の開け具合が伯母さんの反撃に感じたけれど、全体的なバランスは悪くない。好青年って感じ。


本が読みやすそうだなと考えて思い出した……


「羽央が書いた手紙預かってますよね?」


「誰に聞いたの?」


「本人から。書いてあることも聞いたけど、ちゃんと羽央の気持ちを受け取りたい。貰えますか?」


内容がわかっているという言葉に少し安堵した伯母さんは、レジの下の引き出しから封筒を取り出した。


「ここなら誰の目もつかないからずっと置いてたの。はい、私の役目は今日で終わりね。」


“ありがとうございます”と受け取った封筒は何度も人の手が触れたみたいに少し歪んでいた。


手紙の中央に書かれた僕の名前は綺麗な字で、迷いは感じない。きっとこの封筒を何度も触ったのは伯母さんだね。


「外に行っても?」


「いいわよ。私はここを片付けてから家に行くわ。」


ほうきを手にした伯母さんにお礼を言って外に出ると、雨は止んでいたけれど日が落ちて辺りは真っ暗になっていた。


店の名前が入った雨避けのテントの下で、背中から明かりを受けながら封筒を開けた僕は、二つ折りになった便箋を広げた。


携帯に電話をしたけど繋がらなかったので手紙を書きます──


そう始まった手紙は綺麗な字が並び、前に聞いた通りレストランの亭主のことが綴られていた。


僕に手紙を書くことは色んな感情が混じるだろうし君にとって大変だったはず。


でも文面は順を追って状況を丁寧に伝えているしよく纏まっていた上に書き間違いもない。


何度か書き直したのかな……先へ進んでいくと言葉の端々に僕を気遣う思いが見える。


君を突き放した僕にプラスになると思ったことをしようとする羽央の優しさを感じながら二枚目に…


そこにはガイドとしてカナダで生きていくというもの。たくさんのお客様に大好きな場所を紹介したいという気持ちが書いてある。


この手紙は……別れの手紙だったんだね……


ぽつりと下に書いてある一文に目がいって僕の心臓が跳ねた。


【総司の幸せを願ってる】


羽央は純粋に僕の幸せを願ってくれているのかもしれない。


だけど、あのレストランの亭主の話をされた後じゃ、僕があの本で味わった挫折から立ち直ってないことを見抜かれていたのかなって。


ここだけ文字に力が入っていて固い感じだ。抑えられない感情……君の想いがこもってる……


「僕も君の幸せを願ってる。羽央はガイドを続けなくちゃ。」


手紙を書いてくれた羽央と会話するように呟いて、封筒の中に手紙を戻し二つ折りにしてポケットにしまった。


君がどれだけガイドをしていきたいかっていう思いを手紙という形で見て、僕と同じ情熱があることを感じたよ。


この手紙を読めてよかった──…


二人の夢を同じように大切にしていこうって改めて思えた。


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