『Angel's wing』

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お店から戻ってくると羽央の長い睫のカールが取れていることに気付いた。


厚化粧するタイプでもないし少し泣いたくらいじゃわからないけれど、泣いたあと君は無意識に目を擦る。


陽気になっていた伯母さんを見ると二人の間で何かやりとりがあったのはわかる。でも、みんなで話していた時より明るい空気に深く考えることをやめた。


嬉し泣きってこともあるし…


自然に零れた笑いに自分の髪型のことかと心配そうな顔をした羽央に似合ってると伝えると、伯父さん達は古いCMのことで言い合ってる。


さっきまでのピリピリしたムードはどこにいったのかって感じだけど、二人を見つめる羽央はすごく優しい顔をしていた。


お店について行き、鏡の前に座って鏡を見ると伯母さんの顔から明るさが消えてる。


「どんな髪型にする?」


「久しぶりにちゃんと切ってもらうから選びたいな。」


覇気のない声に気付いてないふりをして本棚に目をやると、ヘアカタログを二冊取ってくれた。


渡された本を無言でめくりながら伯母さんの様子をうかがうと、道具をのせたカートを弄ってる。


投げやりな感じはしないけど、ここに座るといつも話しかけられていた気がしてやっぱりおかしい。


「こんな感じで。」


昔の髪型に近いのを指差すと、本を受け取った伯母さんは鏡と手元を交互に見ながらハサミを動かしていく。


僕の話に納得してないと感じてたから二人きりになれば何か言われるだろうと思っていたのに、そんな素振りすら見せない。


羽央と話して納得したの?伯母さんはそんなタイプじゃない。言いたい事はその人に伝える人だ。


「伯母さん、僕に言いたい事あるんじゃないですか?」


「ん?あると言えばあるし、ないと言えばないかな。」


伯父さんが止めなければ伯母さんはもっと僕に質問をなげかけたはず。含みのある言い方にこのままにしておけないって思った。


「みんなで話してた時は納得いかないって顔してましたよね。それとも羽央に全部ぶつけたってことですか?」


「羽央ちゃんとは女同士の話をしただけ。励まされて嬉しかったな……男の子って優しい言葉は奥さんのものになるし。」


伯母さんの視線は僕に向けられることがなくて、はぐらかされてる感じがする。じっと見ていると鏡越しに視線がぶつかった。


「そんなに怖い顔しなくても大丈夫よ。二人がしたいようにすればいい。羽央ちゃんは総司君を愛してる。総司君が羽央ちゃんと同じ気持ちならそれでいいの。」


力が抜けた話し方をされると僕が羽央を想う気持ちが信じられないのかなって…


“羽央は何より大切な存在”って喉まで出かかったのに、行動と矛盾してることを指摘されそうで言葉をのみこんだ。


同じ気持ちか……愛があるだけでいいかと聞かれたら、すぐに“はい”とは答えられないかもしれない。


僕も……きっと羽央も……


伯母さんの望みは僕が羽央と結婚して地道な仕事をして家庭を築くことだろうと想像がつく。


だけど…それだけじゃ満足できないんだ…


「言いたいことがあるなら昔みたいに言ってくださいよ。言わないならそんな顔しないで、伯父さんが心配しますよ。」


口調は穏やかを心がけたけど、嫌味は伝わったと思う。はぐらかすなんて伯母さんらしくない…


「昔みたいにか……総司君がやりたいことをする事はいいと思うのよ。ただ、離れることが心配なだけ。」


「それは僕達がお互いの存在も夢も同じように大切だってわかりあってれば、問題ないと思いますけど。」


「……そうね。二人が幸せでいられることを祈ってるわ。」


少しの間に込められた気持ちを隠すように薄く微笑んだ伯母さんは、ハサミに意識を向けた。


祈ってるって神頼みしないと叶わなそうなことだと思われてる?


僕たちのことにはこれ以上口を出さないつもりなのかな…そんな気がした。境界線を引かれたような気がして寂しさに似た複雑な気持ちになる。


だけど感傷に浸ってる時間はないし、僕はイメージしたことを形にしていくだけ。


今は仕事の土台を作ることが最優先で、そこが決まれば二人がどう向き合っていくか考えられると思ってる。


羽央と一緒にいたいと思っても、一緒に仕事をしたいと考えたことはなくて。


僕の仕事に羽央を組み込んでしまったら、戻る時に重い荷物を背負わせてしまうことになるし……


羽央には好きなことをして笑っていて欲しいから僕は頑張るんだ。“ありがとうございます”と伝え気持ちを切り替えた。


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