『Angel's wing』
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翌日になると鍵にプレートが付けられていて、目につくところにあるのが嬉しい。
いつもの仕事の日とは違い、朝食を食べる君はなんだかそわそわしてる。
「何か気になることでもあるの?」
『えっ…』
頭を横に振って笑顔を作った羽央はじっと僕の顔を見つめると、箸を置いた。
『あのね…サニーの従姉に家を空ける間ハウスシッタ―を頼もうと思って。ちゃんとお願いする前に総司に彼女を会わせたいの。』
「何そのハウスシッタ―って?」
『家主が留守の間、掃除やペットの世話、植物の水やりとか住み込みでやってもらうの。うちには世話をするものはないけど、隣家もないし盗難にあうのが怖いから頼んだ方がいいと思って。
家を任せるからお互い信頼できないと駄目だし、総司にも会ってほしくて。』
確かにそう言われるとこの家のまわりには家がない。窓を割ろうが誰も気づくことなく全部持ってかれる可能性は十分にある。
車と家電が無くなっただけで仕事にならなくなるし、家を壊されたりしたらその損害は大きい。
他人が住み込むって家の中を嗅ぎまわられるみたいで嫌な感じだけど、安心の為には仕方ないか…
「羽央の都合がいい時に連れてきていいよ。」
『ありがとう。じゃあ、次の仕事が終わったら会えるよう連絡しておくね。』
ほっとした羽央は再び箸を手にとると、美味しそうにご飯を食べはじめた。
「羽央もその人に会ったことないの?」
『ううん。実は昨日会ったの。いい人だったよ。サニーの家に先週から泊まってて、従姉だけど違うタイプだったな…』
羽央はサニーの従姉ってことで信頼しきっているけど、違うタイプなんて言われるとちょっと心配だよ。
『じゃあ、いってくる。寒波がくるみたいだから、暖かくしてね。』
「僕なら出掛けないし大丈夫だよ。それより羽央の方が心配だよ。気をつけて。」
『ホテルで足止めになりそうだけど、その時はその時。お客様が楽しめるように頑張る。』
真夏の太陽のように弾ける笑顔を胸に抱きしめ、一週間分の羽央を充電した。
あと二週間か……やり残しがないようにしないと。階段を上った所でリビングを見下ろすとソファーが見える。
官能的な君とあそこで──…忘れられないだろうな……
その時に閃いたことは今の僕には不要なもの。部屋に入ると意識は自然と本へと向かう。
雪が降ってることに気付いたのは夕方。冬になってから外を走ることもなくなり、息抜きはストレッチや筋トレで外を気にすることもなくなっていた。
部屋を行き来する僕の手には本があって、窓に意識がいくことがないまま三日が過ぎた。
なんだろう…朝、コーヒーを淹れているとキッチンの窓から見える景色に小さな違和感があったけど、確かめる気にはならず二階へ向かった。
リビングを歩いてる途中、外が眩しく感じて閉めっぱなしにしていた縦型ブラインドを覗いてみた。そこには雪…
だけどこれは積もってるのレベルじゃない。家が雪に埋もれてるみたいだ。
空を見れば明るい雲から落ちてくる雪はちらほら舞う程度で、やみそうだけど降ってることが気持ちを焦らす。
慌てて玄関のドアを開けようとしたら開かないし、窓も凍ってるのかびくともしない。
二階の窓は大丈夫でほっとしたけどここからじゃ……
外に出る用事がある訳じゃないのに、出れないと思うと落ち着かない。
仕事中とわかっていたけれど初めて君に電話したら、すぐに繋がった。
「羽央、雪が積もりすぎて玄関が開かない。二階の窓なら開くけどどうしたらいい?」
落ちつこうとしても早口になる。ガレージに除雪機があるって言った君は困ったような口調で。
『助けには行けないから外に出る用事がないなら家の中にいるしか…物置にしてる部屋の窓は開くと思うんだけど…』
子供に言い聞かせるような声に僕の狼狽ぶりが伝わったと思うと、自分でなんとかしないといけないって…
「わかった。仕事中ごめん、羽央もがんばってね。」
電話を一方的に切ると、ジャケットを着ながら言われた部屋に行き窓に手をかけた。
開いた!!
玄関からもってきたスコップを手にこれで大丈夫と安心した僕は甘かった。
外に出ると雪に足がすっぽ埋もれ身動きがとれなくなり、スコップで周りの雪をどけてやっと足が抜けた。
雪をかいて足が埋もれないようにしないと前には進めなくて、ガレージに着く頃には汗だく。
開いたガレージの中に除雪機を見た時は、アドレナリンが出て興奮状態だった。
サバイバルみたいだなんて考えながら、スイッチを入れると聞こえる轟音が心強い。
家までの道はできたけど舗装された道からここまでは積もったまま。これじゃ君が帰ってこれない。
どうせならこっちもやっておこう。全てが終わって家に戻ると妙な達成感があって笑った。
その時にはもう雪は止んでて、羽央が帰ってくるまで降らなかった。窓の前を通る時は外を見るようになったから間違いない。