『Angel's wing』
□62
1ページ/8ページ
羽央の声を聞きながら迎える最期なら悪くない…
でも、君は…?絞り出すような切ない声に込めた想いはいつか消える?
真っ暗な世界に落ちた僕には、羽央が幸せになるのを願うことしかできない。
光が見える──そこに行けばいいの?誰も僕を迎えにはこなかった。
ぼんやりと目を開けると毒々しい赤の世界が広がっていてる。地獄に落ちたんだね、僕は……
『総司、目が覚めた?どこか……』
羽央の声?
ペンキをぶちまけたような赤色に君の姿はなくて、探そうとしたけど鉛で固められたみたいに体が動かない。
目…目さえちゃんと見えれば…瞬きをしていくと毒々しかった赤は色を変え薄くなっていく。
眩しさに目を細めるとそこにあったのは白いカーテンとベッド。
ここは病室……体が軽いし痛みがない……さっきまでと全然違う…
助かったんだという安堵はほんの一瞬で、現実に気持ちがついていかない。
何でなのさ……記憶の映像が見えない。何度意識を集中してみても、やっぱり見えない…どういうこと?
『総司、ここは病院。外で倒れたからどうしようもなくて救急車を呼んだの。』
「そう……羽央に迷惑かけたね。」
羽央の声で状況を把握したけど喜ぶ余裕はなかった。
倒れる前……僕はどうしてた?何を見てた?確かに意識があったはずなのに、思い出そうとすると不鮮明。
記憶障害…一時的なものなのかわからない。その不安が募り、羽央の顔を見るのさえ怖い。
看護師さんを呼ぶという明るい声をどこか遠くに聞いていると、
『お医者さんが、一通り検査したけど何も異常なかったって言ってた。』
思わずその言葉に反応して羽央の顔を見ると、不安そうに眉を下げていた。
何も異常がない……?信じられないけど、君が嘘を言う必要もない。
薬の効果が切れたのか?それとも…僕の考えがまとまってないのに中途半端なことは言えない。
ドラマなら抱き合って喜びを分かち合う場面かもしれないけど、僕達にあるのは妙な緊張感だった。
医師達が来て羽央に廊下に出てもらったのは、余計なことをしてほしくなかったから。
君が誰よりも僕を心配してるのはわかってるけど、病院にいる気はないんだ。
医師は調子はどうって聞きながら僕の目にライトを当て反応を見た。
“いいですよ”と答えると、今度は聴診器を胸にあてたけれど何も問題はなかったみたいだ。
僕がここに運ばれてきた時の状態を聞くと、倒れた時に心肺停止して羽央が心肺蘇生してくれたから助かったって。
君が命を救ってくれたなんて驚きで言葉がでない…
脈も呼吸もない僕を目の前にしても羽央はしっかりしてたんだね。
憶えていないことを聞かされ、その状況を想像するのは今までと違って頭を使う感じがする。
「倒れた原因は強いストレスだと思うけど、心当たりはある?」
「まあ、仕事とか…誰でもあるでしょ?」
「仕事ね。ここへは休暇で?」
そうだと言うと、意味深な顔をした医師は羽央とのことを勘ぐってるのかな。
「ストレスから離れて体を休めた方がいいかもしれない。もう少し様子をみよう、そうだな…」
カルテを捲る手はゆっくりでこれと言って何か治療の案があるようには見えない。
「検査で何も異常がなかったと聞いたんですけど、どんな検査したんですか?」
遠慮がちに聞くと、医師はМRIや血液検査、レントゲンの結果を教えてくれた。
病院に着くまでは危険な数値を示していたものも、酸素吸入したら全て正常値に。検査結果に問題はないと言われたけれど信じられない。
「脳に傷とか影もなし?小さいのもなかったんですか?」
「君は僕の診断を信じないのかい?私はないと判断したけどね。」
納得しない僕に、医師は不服そうな顔をしたけど引きさがる訳にはいかない。
「脳の委縮はどうです?一部分だけ萎縮してるなんてことはなかったですか?」
普通の患者がこんな質問をするはずもなく、医師は僕に医学の知識があると思ったみたいだ。
「脳の萎縮は年をとるほど進むものだし、誰だって多少は萎縮している。君の脳は年よりも若く見えた。違和感があるほどの萎縮もなければ影や血管の破損もなし。
この病院のMRIは今年入れたばかりの最新型。信じられないなら他の病院に行った方がいいんじゃないかい?」
嫌味っぽいのはしゃくに触るけど、欲しい言葉は貰えた。
結論をつきつける前に、僕の体がどうなったのか考えないと。
検査上で脳に異常はない──その答えが導くのは僕の脳は“普通に”機能しているってことだ。
記憶が見えなくなったけれど他に問題はない。そんな都合のいい話があるのかな…