『Angel's wing』
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頬を包み込む羽央の手は壊れものに触れるように優しかった。
その意味を探しているうちにふっと甘い香りがして、気づいた時には柔らかな唇が触れていた。
どうしたの……何でキスするのさ……そんな戸惑いは、高鳴った胸に一瞬でかき消される。
ドクドクと大きな音を立てる鼓動は気持ちを隠そうとしても正直だった。
好きで好きで仕方ない…こんなに愛してるって…
旅行客として羽央と過ごしても恋人のように触れ合うことはないんだと言い聞かせていた。
それが、今……唇に感じるものだけじゃなく、君の心が近くにあるのが嬉しくて幸せで気持ちが抑えられなくなる。
ソレハジブンカッテジャナイ?ノコサレタカノジョハドウスルノサ?
抱き締めたい衝動を冷静な僕が止めようとする。確かに…そうだね…
唇が離れると目の前にある羽央の瞳に僕が映っていた。
潤んだ瞳は気持ちを訴えるようにまっすぐ僕を見つめてる……
酔った勢いでキスしたんじゃないって思うと、いつもみたいにさらりとかわすことができなかった。
純粋な眼差しを向けられた中、自分を偽るのはどんなことよりも大罪な気がして。
羽央と別れてからも、君を想う気持ちは変わってない。
過去の幸せそうな君の映像を見るとあの頃に戻りたいと思ってみたりもしたけど…
僕の為にとがんばる君を見てると、羽央の未来を狭めてる自分が許せなくて。
羽央は別の道を見つけた方が幸せだって信じていた。
だけど、君にキスされて僕のそんな考えはいとも簡単に崩れそうになる。
羽央に求められる喜び…見つめてもらえる時間はどれだけ残ってるんだろう……
冷静になろうとしてるのに、体はそれに反して血が沸き立つように熱くなってコントロールがきかない。
君が僕に向けてくれた優しさ…愛情……そんなシーンが重なるように目の前に現れた。
あの幸せを感じたくないの?手をのばせばいいじゃない。簡単に手に入るよ?
悪魔のささやきが僕を手招く。制御が効かなくなった僕の目の前には過去の映像が早送りで進んでいく。
何が現実なのか…わからないよ……これが僕……
でも、こんなぐちゃぐちゃな意識の中にいてもたった一つだけ変わらないものがあるから、狂うことなく生きてこれたんだ。
羽央……愛してる……
この気持ちはずっと心の中にしまい込んできたし、このまま君の前から消えて終わるはずだったのに。
羽央のキスはどんなに鍵をかけても開けてしまう、魔法の鍵だった……
抑えていたぶん開けられてしまったドアから気持ちが溢れ出て、止めようがない。
神に逆らったんだ、悪魔が来たって怖くないよ……
映像の向こうに見える羽央を抱きよせ、貪るようなキスをした。
それが僕達の未来をどう変えてしまうかなんて考える余裕はなかった。
ただ、溢れ返った映像が一つ一つ消えていき、戸惑ってる“今”君の顔が見える……
『……そ……んっ……』
羽央の頭を支え僕の名前を呼ぼうとする唇をふさぐと、無防備に緩んだ唇に舌を入れた。
深く……繋がりたい……愛というより君を求める本能……
角度をつけ首がつりそうな程、舌を奥へ伸ばすと縮こまっていた君のにぶつかった。
手の中にある頭がビクリと動いても、離すことなんてできない──
ずっと……羽央を愛し続けてるんだ……
君の唇は誰かを受け入れたかもしれないけど、僕は別れてから過去と向き合うだけ。
面影を追い掛けて何かを作っても、それが温もりを持つことはなくて。
そんなことわかってるのに、言葉にしてはいけない気持ちを外に出してやらないとおかしくなりそうだった。
今も想いを言葉にしないという考えは変わらない。どんな前向きな言葉でもきっと君は囚われる。
羽央は優しいから──手にしたものを失うことすら恐れない気がする。
でも、それじゃだめなんだ。だから…今、この瞬間だけ…君を感じることを許して──…
一方的に僕が君を抱きしめていたのに、細い腕が首に回された。