『Angel's wing』
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席についた羽央の視線を感じながら、シャンパンの針金を緩めていく。
ボトルとコルクをゆっくり反対方向に回すと、静かに白い煙が現れすぐに消えた。
ワゴンに乗っていた二つのグラスに注ぐと、黄金色の液体に細かな炭酸が楽しげに踊っている。
なんだか緊張して小さく息を吸った。羽央が発する大人の雰囲気に部屋の空気が違うものに感じるんだ。
羽央にグラスを渡すと、胸元に揺れる手作りみたいなペンダントヘッドが目に入った。
ファーストネーションのモチーフだけど、誰かに貰ったものかな…そんなことを考えながら席についた。
グラスを手にするけど、乾杯の台詞が思いうかばない…
適当な言葉で済ませたくないって思うのは、お互いあるのか君も黙ったまま。
腕を伸ばしグラスを差し出すと、同じようにした羽央はほほ笑み、触れたグラスが優しい音を奏でた。
何かに乾杯する必要なんてなかったね。ただ、二人の時間を楽しいものにしようという思いは確かに感じたよ。
体のことを考えると笑顔で向き合うのは難しい。いつもなら色々考えてしまうけど、今だけは追い払おう…
僕が考え事をしてるうちにシャンパンを口にした羽央がグラスを置くと殆どなくなっていた。
しまったという顔してる…無理してる感じでもないしこれが君のペースなんだろうね。
グラスを顔に近付けただけで葡萄の香りがふわりと漂うけど、飲む前にこんなに香りを感じるものだったかな…
小さな違和感を持ちながら一口飲むと、熟成した葡萄の濃くてしっかりとした味が広がる。
強い個性を主張するけど炭酸がそれをうまく分散して後味は爽やか。もっと飲みたいと感じるお酒だ。
「これ、美味しい…」
そう言ったら、にっこりと微笑む羽央が可愛くて……憶えていたい…
現実を考えてしまいそうな思考を断ち切ろうと、一気にシャンパンを飲み干した。
『スープ冷めないうちにどうぞ。』
じっとスープを見てたのは味を心配してた訳じゃないんだ。
君が作るスープといえばコンソメのあっさりしたものっていうイメージだったから、目の前にあるブイヤベースが本格的で驚いたんだよ…
「うん。いただきます。」
一口飲むとレストランで食べた時と変わらない味──
料理のことを話す羽央はすごく自然で、シャンパンを飲みながら出された料理を食べてるうちにボトルが空になってた。
君も僕もだいぶ飲んだよね…
最初の一杯で頭がふわりとしたけど、気を張ってるせいかそれ以上酔いが回った感じがないな…
羽央は、すごくリラックスした表情でそれは話し方にも表れてる。
『絵を始めたのは最近?すごく上手いよね…』
「二年くらい前かな。上手くないよ。写真をなぞってるみたいな感じだから、描くとは違うし。」
あの絵見られたなら僕の気持ちにも気付いてるんだろうね。
そのことには触れないのは、君にとって僕の気持ちは迷惑なだけってことか。
『でも…凄いと思う、私は描けないから。このペンダントを作った時も手が震えたし…』
自分で作ったんだ…それを知ってほっとしてるなんて、羽央は気づかないよね…
「手が震えたの?かわいく出来てると思うけど…」
平たいペンダントヘッドを指でつまみ僕に見せようとした君は、ふにゃりと笑い体を少し前のめりにした。
ちらりと覗いた下着から思わず目を逸らし、何事もなかったように話しかけるしかない。
「それ、何のモチーフなの?」
Vネックのワンピースでその仕草は無防備過ぎる。酔ってるの?そんな羽央をみたことないから戸惑うよ。
『魂……。前にファーストネーションのモチーフでアクセサリーを作る人に会って、教えてもらったの。
天候が悪くてツアーに時間が出来た時とかお客さんと一緒に作ったりしたけど、下手で。センスないみたい…』
話すと口調はしっかりしてるけど、実際どの程度酔ってるのかわからない…
「他にもあるの?見たいな…」
『いいけど…笑わない?』
「笑わないよ。約束する。」
考えこむ君は百面相みたいに表情を変える。言葉より表情にでるのかもね。酔ってるのは間違いない。
“後で”と決意の表情で言ったものの、不安そうに首を傾げた。
小動物みたいで大人の君とは違うけど、かわいいよ?