『Angel's wing』

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明日……帰るの…?


聞こえた言葉をもう一度自分の中で繰り返していると、総司は小さく息をつき予約の変更は済んでると告げた。


最初の予定ではあと三日ある。最終日は帰るだけだから、実質的には二日。


それだけの日程を切り上げる必要が?


『どうしてそんなに急に?理由を聞かせてください。』


急な別れは初めてじゃない。心の片隅で消えていなかった思い出が拒絶反応を示し、責めるような口調になった。


「君がガイドとしてこの町で暮らしているのも見れたし、旅の目的は果たせた。飽きちゃったんだ…」


さらりと答える総司を見てると、用意してあった台詞にしか聞こえなくて釈然としない。


『飽きたなら、何かしましょう。何がいいですか?代金は頂いてますから何でも言ってください。』


どうしてこんな強い言い方…考えるより先に言葉が口から出て、大きすぎる声が頭の中に響く。


「ここが好きじゃないから、帰りたい。はっきりそう言えばいい?」


うんざりしてる顔だけど、そんな顔ずっと見せなかったよね?楽しそうにカヤックしてたのは演技には思えない。


総司の言葉に惑わされてはダメ。伝えなきゃいけないことがあるのを思い出した。


『手紙をおばさんに預けたんですけど、受け取ってないですよね?』


「手紙……君が書いたの?」


過去を違うものに変えられるかもしれない大事なこと。会えたんだから直接伝えよう…


『一人旅をした時、あの本の著者の村が出身のレストランの店主に会ったんです。

翠の目をした日本人のおかげで、遠い場所で自分達の誇りや習慣が知られることになったって感謝してました。

あの時の熱意が著者の気持ちを動かしたことが大事なことなんです。その人に会いに行きませんか?』


私の言葉は信じられなくても、あの店主から直接聞けば本当だと納得できるはず。帰国の予定を元に戻しても会う価値があると思う。


だけど、口角を下げた総司の表情は厳しい。あの時の記憶を私が引き出してしまったんだと思うけど、逃げても過去は変えられない。


受け止めて前に進むしか…行くと言って…祈るような気持ちで総司の言葉を待った。


「……行かないよ。僕は帰るから。」


吐き捨てられた言葉に負けないようにと、強気で向かっていくしかなくて。


『帰りたいのは日本で一緒に住んでる人に会いたいからですか?それならその人と話をさせてください。』


「そんなにいきり立って、何を言うつもりなのさ…」


一緒に住んでる人なんていないんじゃないかと思いながら、はっきりと答えた。


『こっちに来てからの体調のことです。悪く…なってる気がするから…』


体のことは私よりも総司の方がわかってるのに、それをあえて言葉にするのは辛い。


でも、日本で一人だとしたら…心配で…


納得できる答えもないいまま、刺々しさの消えた総司の瞳には見たことない影が揺らいでいた。


「君には関係ないでしょ。ガイドが口を出すことじゃないし、僕達は離婚してるんだから。」


強がりにしか見えない……どうして、そんな言い方をするの?


関係ないって言われると、湧きだす怒りに言葉を投げつけてしまった。


『それなら、どうしてここに来たんですか?離婚した妻がどう生きてるかなんてわざわざ見にきたりしない。

平助君から大体のことは聞いてるはず。会いにこなければなかった理由があったってことでしょ?』


「大した推理だね。じゃあ、君はどんな理由があって来たと思うの?」


私を拒絶するように腕組みをした総司の顔には嫌悪が浮かび、弱々しさはなくなっていた。


記憶が消えはじめたから来たんだとは思うけど、ここに来たのは平助君が言ってたみたいに愛があるからなの?


そんなこと言ったら自惚れだと、責められるだけ。斜に構えた総司を見ると言葉が出てこない。


体調のことを私に話したかったのかと思ったけど、話さないまま帰ると言うし。


総司が話さないなら、私が聞こうとしたって意味がないとわかってる。仮定の話なんてしても…


『私にはわからない……』


「それなら余計『だから教えて。私にはどうして来たのかわからない。自分のことなんだからわかってるんでしょ?』


力なく呟いた私を見て、話を終わらせようとした総司の言葉を遮ると一気にまくしたてた。


上げ足を取るってこういうこと……勢いで…


言い返さない総司を見て嬉しい訳じゃない。初めてのことに心臓が嫌な音を立ててる。


こんなの望んでないのに…


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