『Angel's wing』

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バックミラーでは見えない位置に座るとすぐに車は動き出した。


君の運転はどことなく雑というか…アクセルの踏みこみが早い。荒々しく発進する車に気持ちが表れてる…


怒っていても僕が嫌がることはしないんだね。音楽も何もかかっていない車内は静かで助かった。


君の姿をぼんやり見つめていると、車がきゅっと止まりフロントガラスから赤信号が見える。


ハンドルを握っていた君の左手が頭へと動き、ある部分を押さえながら揉むと小さなため息を漏らした。


頭痛……?そこが痛いの?


鼓動が一気に跳ね上がった。君が触れた場所は、僕が痛みを感じてる部分と同じだったから…


僕達は見えない所で繋がってるのかな…


そんなことを言葉に出来ない関係の僕達には、無言の時が流れるだけたった。


家に着いても体調が悪すぎて、話すことも苦痛だよ…


君からの質問にイライラして返事も刺々しくなる。夕飯なんて今の僕にはどうでもいいんだ…


「任せる。とりあえず寝るよ。」


客間に案内されると、すぐに僕は部屋の鍵をかけベッドへ向かった。


頭痛なんていつものことだけど、環境が変わったせいか痛みが酷い。ここまでくると薬を飲んだって無駄だ…


今日は睡魔の方が強いし、寝てみるしか──…


倒れ込むとふかふかの布団はお日様の匂いがして、すぐに意識が遠のいた。


目を覚ますとあれほどあった痛みは消えていて、窓から入り込む青白い月明かりが綺麗だった。


眠気を全く感じないのは久しぶりだ。すっきりした頭で空港でのことを思い出してみた。


………っ…なんで……!!


僕は起き上がると立ったままになっていたスーツケースを蹴り倒した。


勢いよく倒れたスーツケースを力任せに開けると、詰め込まれた荷物の配置に苛立ち鷲掴みにしてところかまわず投げつけていく。


部屋が散らかるとかそんなことはどうでもいい…


コンコン!!


躊躇いのないノックは僕の意識を引きつけるには十分で、物をなげつける手は止まった。


鍵をかけたから君が入れないのはわかっているけど、ドアを見つめてしまう。


『大丈夫……ですか?』


どういう意味で?夜中に物を投げつけて気が狂ったとでも思ってる?


大丈夫じゃないって言ったら君はどうするかな…言えるはずないけど…


「なんでもない。ちょっと探し物してただけ。」


『探すの手伝いましょうか?家にあるものなら持ってきますけど…』


僕の言葉を疑いもしない君は……昔のままで…心の奥が疼くとまた頭の奥が痛む。


「うるさいな、ほっといてよ!」


最低だとは思っても…やっと治まった痛みがぶりかえすのだけは避けたかったんだ。


ドア越しとはいえ君の気配が遠のくのがわかるとほっとする一方で、申し訳なさもある。


ちぐはぐすぎるってわかってるけど…


電気をつけると散らばった荷物を拾いスーツケースに戻していく。日本で詰めた時と同じに…


片付け終わってもまだ夜は明けない。スマホを取り出すと決まったアプリを開き弄り始めた。


喉の渇きを感じて下に下りていくと、ダイニングには食事が用意されていて見憶えのある料理に記憶が引き出される。


あの頃が一番幸せだった……僕は仕事に夢中で気づいてなかったけど…


キッチンにいくのも億劫になり部屋に戻ろうとすると、リビングの大きな窓から空が白み始めるのが見えた。


そこには木でできたスツールがぽつんと置いてある。君の特等席なのかな…


座わってみると視界いっぱいに自然が広がり、夜明けのショーを一人占めしてるみたいだった。


一緒にここに来た時は仕事のことで頭が一杯だったけど、今の僕にはこの風景が心に染みる。


癒される……こんな場所で君は生きてるんだね…


「おはよう。」


眠そうな顔で起きてきた君にとって僕は面倒な客でしかないね。わかってるんだ…


「夕飯作ってくれたのに……」


“ごめん”の一言が喉の奥にひっかかって出てこない。夕飯のことを謝るなら夜中に投げつけた言葉も謝らないと。


そうしたら、君は“どうして”そんなことをしたのか聞いてくるはずだ。


知られたくないんだ…


『気にしないでください。大したものじゃないですし。朝ご飯作りますけど、ごはんとパンどっちらがいいですか?』


淡々と話す君に安堵するとコーヒーが飲みたいと言ってみた。


昔のように一緒に飲んでくれるかもしれないと淡い期待を抱きながら──


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