『Angel's wing』
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飛行機から降りた乗客を出迎える建物は、近代的なデザイン。
日本の空港ってこんな感じだったかな…ここから出国したはずなのに…
聞こうとしなくても耳に残る日本語のアナウンスに、やっぱり自分は日本人なんだって思う。
帰国の連絡をしたら迎えに来てくれるって言ってたけど、おばさん…もう着いてるかな…
スーツケースを押しながら出口へ行くと、あちこちで再会を喜ぶ声が聞こえてくる。
「羽央ちゃん!」
少し離れた場所から聞こえた声に顔を向けると、おばさんが人混みをすり抜けて近づいてくるのが見えた。
後から次々人が出てくるから立ち止まっていられず、歩を進めると縮まる距離に緊張してくる。
「おかえり!無事に帰ってきてよかったわ。話したいことがいっぱいあるんだから。さっ、行きましょ?」
帰国するまで全然連絡を取ってなかったけど、目の前に立つおばさんの笑顔は一年前と変わりなくてほっとしたというか…
『ただいま…』
小さくしかそう言えなかったのは、複雑な思いがあったからだけど…
私の手から、スーツケースを取ったおばさんは何かに気付いたように目を見開いた。
「もっと早く連絡くれてもよかったのに。でも便りがないのは元気な証拠っていうからね。気にしないで?
みんな羽央ちゃんが帰ってくるの楽しみにしてたのよ〜話したいことが山盛りで。ふふっ…」
連絡しなかったことか…気づかれなくてよかったと思ったけど、私が言わなければわかるはずないか。
伝えるその時が近づいてる──秒読みが始まりバックを持つ手に静かに力が入った。
歩いてる間もずっと嬉しそうなおばさんの笑顔の理由は、車に乗るとすぐにわかった。
「平助、結婚が決まって来年式を挙げるの羽央ちゃんも出てね。
それで彼女が結婚したら同居してくれるっていうから二世帯住宅建てようって話になってるの。」
一年という時間が流れていたのはみんな同じだけど、傍にいなかった私にとっては突然の話で驚いたっていうか…
『そうなんですか…平助君が…』
置いてけぼりにされたような感覚があって、暗い声を出してしまったことにはっとして笑顔を作った。
『おめでとうございます!きっと素敵な人なんだろうなぁ…』
「週に二回は家で夕飯食べてくから、会えるわよ。きっと羽央ちゃんも気に入るわ。それでね…」
おばさんの話は次から次へと進んでいき、幸せそうな横顔を見るのは素直に嬉しかった。
赤信号で止まると助手席に座る私の顔をチラリと見たおばさんはすぐに前を向いた。
「羽央ちゃんはどうしてたの?カナダどうだった?」
どうって…どうなんだろう…一言ではうまく言えない気がして考えこむ私を、おばさんは急かすことなくじっと待ってる。
青信号になり前の車に続くようにゆっくりと車が動きだした。
何も連絡しなかったから何をしたかだけでもいいのかな…
『三か月学校行って友達と出かけたり。ガイドのお手伝いの仕事して…色んな経験ができたから行ってよかったです。』
行ったばかりの頃のことを思い出すと懐かしい。元気に言えたのは、小さな自信が芽生えたからだと思う。
辛かったことも乗り越えてしまえば経験の一つだって思える。
でも、苦しかったことを言葉で伝えなくてもいいのかもしれない…
おばさんが成長した私を感じられれば、伝わるのかなって。
『あと、ホッケーの試合もしたんですよ!』
「えっ、ホッケー?見たんじゃなくてしたの?あはは…全然想像できないわ。でも、貴重な経験に違いないわね。よかったよかった。」
なんとなく、流されたような気がして疑問をぶつけてみた。
『おばさん、私にはできないと思ってません?』
「そんなことないけど…だって、防具着けてやるんでしょ…雪だるまみたいな羽央ちゃん…ぷっ、あはは…ごめんね。のそのそ動くの想像しちゃって。」
『のそのそ…そう言われるとそうかも…』
視線がぶつかると二人とも笑いをこらえてて、結局我慢できずに大笑い。
離れていた時間なんてなかったみたいに会話が弾んで、家に着くまで話しっぱなしだった。
傾きかけた太陽が作る空のグラデーションがきれいだなぁと車から降りると、あくびがでた。
時差ボケが出ない様にできるだけ寝ないようにしてたけど、さすがに限界かも…
「長旅で疲れたでしょ。ちょっと寝たらいいんじゃない?夕飯になったら起こしてあげる。」
『そうします…ふぁあ…』
あくびがずっと止まらなくて、二階に荷物を運び終わると睫が濡れてた。
目をこすりながら敷いてあった布団に入ると、ふかふかでほのかに温かい。
疲れた体を優しく受け止め、大きく息を吸い込むとお日様の匂いがする──
忙しいのに布団干してくれてたんだ…そんなことを考えてるうちに眠りへ落ちた。