『Angel's wing』

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試合が始まると、わくわくしていた気持ちは一瞬で緊張に変わる。


「羽央、そっちいったぞ!」


パスを受ける前に目の前を横切った敵にパックを奪われ、数歩前に進んでるうちにゴールされてしまった。


見ているよりも何倍も早く感じるスピードについていけない…気持ちを落ちかせなくちゃ…


小さく呼吸を整えて、匡さんからの指示を聞き逃さずに動いていると、私の出したパスで匡さんがゴールを決めた。


『やったぁ────』


日本語で叫んでしまったけど自分の中から湧き上がる喜びは、その一言でしか言い表せない。


回りの目なんて気にならなくて騒いでしまったけど、緊張が取れた気がした。


少し冷静に回りを見れるようになったけど、私がいるせいか匡さんの動きが違う。


匡さんがゴール前にいけば必ずシュートを決められるのに。どうしていかないんだろう…


第1ピリオドが終わった時点で負けてる…私のせいなのは目に見えてるけど、他のチームメイトも表情には出さない。


チームのみんなとは最後の試合だから勝ってほしいのに、私がいたら負けてしまう。


不安というより確信に近い思いを察知したか、指示を出していた匡さんの話が急に変わった。


“いいプレーしたらチョコバーくれてやる”なんて、匡さんの励ましだってすぐにわかる。


“自信持っていい”って言ってくれたけど、一番下手なのはわかってるし、そんな私でも出来るのは諦めずに最後までやりきること。


余計なことを考えないでがんばろうと気合を入れ直した。


次のピリオドが始まっても得点差は開く一方。がんばる気持ちはあっても、プロテクターの重さに思うように動けない。


『はぁ…はぁ…はぁ…』


ヘルメットの中には私の乱れた呼吸が木霊し、指示にすぐに体が反応しない…


試合が終わるブザーが鳴った時には、アイスホッケーが選手の交代をする意味を実感していた。


「負けても楽しかったぜ?」


ヘルメットを小気味よく叩く匡さんの言葉に嘘は感じない。


それが余計、申し訳ない気持ちを煽って何も言えなかった。


「全然、違うなァ…」


しみじみと言われ私のせいだと謝ったけど、ヘルメットを取った匡さんは満足そうな顔をしてた。


「そんなことねェよ。なんか今までとは違うものが見えて意味がある試合だった。羽央がいたからだぜ?」


『でも、やっぱり勝ちたかったです。悔しい…』


「じゃあ、絶対この試合のこと憶えてろよ?」


初めてのことばかりの試合。一本のパスが試合を作っていくことや日頃の基礎練習がどれだけ大事かってわかる。


生きて行くことを凝縮したような時間だった。


きっと、私は忘れない。


匡さんの満足そうな顔も…


氷の上よりも動きにくい廊下をのろのろ歩き、ロッカールームに行くとみんなささっと帰りはじめた。


負けちゃったけど、みんなのおかげで匡さんと一緒に試合ができたことがすごく嬉しくて、今言わなくちゃって…


『ありがとうございました。』


頭を下げると軽く手を上げるだけの人や、声をかけてくれる人もいる。


一時でもチームメイトになれたことを改めて実感すると胸が熱くなった。


プロテクターを取るのも一人じゃできなくて匡さんに手伝ってもらうと、シャツが肌にはりつく。


こんなに運動したことないなぁ…とぼんやりしていると空気の冷たさにぞくりとした。


シャワー室に行くと、前の人が使ったなごりで空気が暖かい。


ほっとして蛇口をひねるとタイルに水が弾かれる音が響く。


シャワーを浴びても頭がぼーっとしてる感じがとれない。疲れちゃったんだなぁ…


目を瞑って温水を感じていると纏まらない気持ちを丸ごと流してくれるような気がした。


途中でばてちゃったけど、自分なりに精一杯やったから悔しさはあっても後悔はない…


『っ……冷たい!!』


いきなり水に変わったシャワーはお湯には戻らず、端に避けたけど冷たい飛沫が体に当たる。


急いで栓を回して水を止めると湯気は消えてしまい、冷たい空気に身震いしてタオルを手にした時だった。



『きゃ────────』


明らかに背中に何か止った感覚と小さな痛み。バスタオルで肩のあたりをばさっと叩くと何かが飛んでる音がする。


何……!?虫……?


キョロキョロしたけどその姿は見えないのに羽音はする。


怖くてバスタオルをぶんぶん振り回していた私は匡さんがシャワー室に入ってきたのに気付かなかった。



急に冷たい風が入り込んだと思って振り向くと、そこにはシャワーカーテンを握りしめた匡さんが目を見開いてて…


頭がまわらない…なんで匡さんいるの?っていうか…タオルは手にあるし…おしり丸出し!!


「きゃ────、なんでぇ?」


恥ずかしい、情けないっていうか油断してた。しゃがみこむとシャワーカーテンが引かれ、私は慌ててバスタオルを体に巻き付けた。


いまさら遅いけどそうしないと話もできないくらい動揺してて、タオルの端を胸元にきつく押しこんだ。


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