『Angel's wing』

□50
1ページ/8ページ

不知火side


帰ってきた──…


轟音を立てる飛行機の窓からは、見覚えのある街並みが小さく見える。


「何て言えばいいんだろうなァ…」


呟きは着陸態勢に入ったアナウンスでかき消され、どんどん地上が近づく。


時差ボケでぼんやりした頭のまま部屋に戻り、窓を全開にすると乾いた風が懐かしくてのびをした。


なんだかんだ言って、ここに戻ってほっとしてる自分に苦笑いが出る。


時計を見れば午前中の授業が終わった所で、俺はとりあえず教室に向かった。


今まで気にしたことはなかったが、校内にいる学生はどこかのんびりしてる印象を受ける。


向こうで会った奴等はピリピリしてたからなァ…


教室の前の長廊下まで行くと羽央の姿を見つけたが、覇気のない顔。


何も言わずに行った俺のことを少しは心配してくれたのか…小さな期待はおまえに会うために早くと足へ指令を出す。


すぐに俺に気づいた羽央が固まってるのが見え、再会に緊張し始めたが逸らされた視線…怒ってんのか?


目の前に行くとおまえは顔を上げたが、その瞳は潤んでいて見たくねェものに変わりそうだった。


妙に力の入った口元を見ると、胸の奥がざわつくがそれが何なのか考える余裕はねェ。


俺のせいなのは明らかで、いつもみてえに“よォ”なんて言える雰囲気でもなく、話をする為に俺の部屋に向かった。


後をついてくる羽央の気配を感じながら歩いてるとあっという間に着いちまったが、言うことは整理できてねェ。


椅子とベッドに別れて座ったのは、カフェテリアみてえに向かい合って話したかったからだが、お互い無言で緊張感だけが漂う。


何を話せばいいのか…どこからか…


『匡さん…旅行行ってたんですか?』


さっきの表情はもう消えてて、落ちついた声が聞こえほっとした俺は“そんなもんか”と流した。


だがなァ…本題は気軽に話せるもんじゃねェ。監督から言われた言葉を思い出すと…


【君のレベルは普通だが、チャンスをやろう。新学期まで練習に参加してそこでチームに入れるか判断しよう】


そのまま伝えたら情けねえ気がして“監督に会ってきた”と言うと、どうだったか聞いてくるおまえに何て言えばいい?


格好つけたってしかたねェよな…嘘ついたっていつかバレる…


はたからどう見られようと俺にとってはやっと目の前に現れたチャンス。


それに賭けてみるしかねェし、あの場で断わられなかっただけでよしとするしかねェんだ。


「圧倒された。大学っていっても一番プロに近いチームだしなァ。俺がどんだけ下にいるか思い知らされたぜ。」


励ましが欲しくて言ったんじゃねェ。おまえに今の俺を知ってもらう必要があった。


「その監督が、練習に出てみろって。」


『えっ、それってチームに入れるってことですか!?すごい!』


自分のことのようにはしゃぐ姿を見て感じるのは、家族の誰より俺を心配してくれるのは羽央だってこと。


だけどよォ…それを失うかもしれねェ言葉は簡単に言えねえ…


嬉しくないのかっておまえに聞かれてもそれどころじゃなかった。


「あーぁ…なんか、色々考えちまってな……」


今までは試験で点が取れたらなんて引き延ばしてたが、いざ【その時】になると余計なことを考えちまう。


うまくいきゃあいいが、フラれたら悲惨っていうか立ち直れんのか?けど、言わなきゃはじまんねェ──…


「羽央……」


いつもは名前でなんて呼ばねえから、なんか急に女っていうのを意識しちまう。


それだけで、友達ではいられねェ一線を越えたような気がした。


おまえもそんな風に感じたのか…名前を呼んだだけで表情が変わり、友達って壁に風穴が開いたみてェだ。


「俺と一緒に引っ越して、向こうで暮らさないか?」


『どう…して…?』


嬉しそうじゃなかったが、食い入るような視線に完全にダメって訳でもなさそうな気がする。


男として試されてるのか…俺の気持ちを聞きてえのかもと全部ぶちまけた。


「羽央のことが好きだ。愛してるなんて言葉は嘘くせェから言わねえけどこの気持ちは本物だ。ダメか?」


言い終わっておまえの答えを期待する間もなく、曇っていく表情を止められねェ…


『ついては行けない…仕事も住む所も決まってるし、迷惑はかけれない…』


そんな理由で納得できる訳ねえだろ?俺は好きだって言ってんだし、おまえはどう思ってんだよ…


男と女の考え方の違いなのか?いままで感覚が似ていると思ってただけに、なんかショックだった。


気づいた時には頭に血が上ってて、腹の底から湧き上がるものをぶちまけて怒鳴りちらすとおまえは泣き始めた。


それを見たって俺の怒りは収まるどころか油を注がれた感じで、手が出ねえように腕を組むとおまえを睨んだ。


こんな形で終わっちまうのかよ…さめざめと泣くおまえを見てると、楽しくかった時間さえ失くしちまった気がしてくる。


だが、濡れた頬をざっと拭ったおまえはくっと顔を上げ、真っ赤な目で俺を見据えた。


『匡さんと一緒にいると楽しくて…日本にいた頃の自分のことなんて何にも考えずに笑えた。

すごく楽しかったし…私も匡さんのことが好き……だけど…一緒に生きていくことはできない。』


静かな声だった──


サスペンスドラマで最後に犯人が自供するみてえな、物悲しい感じの。


嘘じゃねえんだろうが、お互い同じ気持ちなのに先に進めないことが理解できなくて苛立つ。


なんで言い切れるんだ…好きな気持ちを優先すればいい…おまえみてえな奴には出会えない…いくら言葉を並べても、羽央の顔色一つ変えれねェ。


誰かについてく生き方はダメとか…おまえの過去を何も知らない俺には、それがどんな意味を持つのかすらわからねェし…


結局、人生なんて二択の連続だろ。行動あるのみって俺の背中を押したのは羽央なんだぜ?


そのおまえがやってみる前に諦めるのが悔しくて、俺の口からは機関銃のようにキツイ言葉が放たれた。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ