『Angel's wing』

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不知火side


週一でリンクに来ても、おまえとなら何の違和感もなく楽しめる。ワクワクする時間はあっという間に過ぎちまうがな。


羽央との勝負で負ける訳にはいかねェ。


『これでラストです!』


今までのは全部ゴールにぶち込んだ。これもと振りかぶったが、パスがさっきより速い。


明るけりゃ問題ねェがこの暗さじゃ…結局スティックの中心で打てなくて離れた所で軽い音がした。


壁か…外しちまったのを確信した俺は、大の字に寝ころんでカッとしそうな頭を冷やす。


パックが速かっただけじゃねえ…ラストと言われ肩に力が入っちまった…


緊張感の中でシュートを決められなきゃ意味ねえってわかってるだけに、自分に腹が立つ。


この辺じゃ俺が一番ホッケーが上手くても、都会に行きゃ上手い奴なんてゴロゴロいる。


パスを受けてシュートなら百発百中じゃねェと…勉強もホッケーも思い通りにできねェ自分に叫んだ。


「クソッーー!!」


俺の声はリンクに吸い込まれていったが、イライラは消えねェ。


『大丈夫…ですか?』


心配そうな羽央の声が聞こえ視線を向けると、ぼんやりと困ったようなハの字になった眉が見える。


この暗さじゃ、俺の表情までは見えてねえよな?きっと情けねえ顔してんだろうな…


「ああ…最後に負けたなァ…起こしてくれよ?」


自分に勝てねェのが一番悔しい。そんなことは口にしねェけど。


今学期も終わりが見えてきたが、また手の中に何も残らなないまま終わっちまうかもしれねェ。


まだ終わってねのにそんな焦りが自分の言葉に出ちまってる気がして余計へこんじまう。


考えるより行動。それでいいはずだって気持ちを切り替えるしかねえよなァ。


グローブを掴んだおまえを引き寄せたつもりだったが、結果的にはプロレスのニースタンプみたいな体勢。


みぞおちに両膝が入ったから一瞬息が出来なくなって唸った。


『す、すいません。すぐ下ります…』


慌てて下りようとしたおまえの膝がプロテクターをぐいっと押しこみ、みぞおちの奥に食いこむ。


「ぐうっはっ、」


悪役が死ぬ時みたいな声が出て格好悪すぎだろ…羽央のやつ…わざとやってねェか?


一瞬疑っちまうくらいの絶妙なタイミングだった。


だけど下りちまえば俺を心配する声がして、嫌味をいうのはやめといた。


「痛くねえよ…プロテクターしてるし。なんかなァ…」


抱きしめようとしたのになァ…うまくいかねェっていうか、俺のせいか?


このやり取りは小学生の頃のプロレスごっこと同じじゃねェか。俺達はれっきとした大人だってのに。


ロッカールームに行き着替えてもなんかすっきりしねェ。


そういや前にリンク整備楽しそうって言ってたな…あれなら…いい案が浮かんだと俺は足取りも軽くリンクへ戻った。


製氷車にのった羽央は不安そうにしてて、なんかおもしれえ。一人でやらせる訳ねえだろ…


ステップに足をかけ運転席の横に張り付く形になると、羽央は黙りこんだ。


友達の距離を壊してやろうじゃねェか…


『私がやったらまずいんじゃ…やっぱり、交代した方が…』


真面目な答えだが、営業時間外にここにいる時点でまずいもくそもねえだろう。煽るように言えば羽央はアクセルを踏んだ。


おっかなびっく運転する姿は子供がゴーカートにのった時みてえな感じだ。


だけどよォ…車幅の感覚がわかってねェな…このままじゃリンクの壁からの1メートルがやり直しになっちまうぜ。


『でも、ぶつかりそうで無理です。』


ギリギリまでいくように指示しても妙にきっぱり言い切るし…


「はぁ?全然無理じゃねえし、ほらよっ。」


こうなりゃ強行手段。羽央の背中に回り込んで手を上から包み込み、ハンドルを動かした。


俺の手の中にある羽央の手……布ごしとはいえ華奢なのがわかって鼓動がはやくなるなんて、小学生か。


「少しブレーキ……アクセル。」


体には風が通り抜けるだけの隙間があって、密着してる訳でもねえのにからかう余裕すらねェとは。


整氷車はいつものスピードなのにハンドルを切るとおまえの髪が微かな風をうけて俺の肌をかすめそうになる。


二人の距離を縮めることを狙っていたとはいえ、落ちつかねェ……


やっと終わって車をしまうと床に飛び降りた俺は、羽央を見上げ手を差し出した。


レディーファーストとか言って周りの奴等は女に優しくしてたが、俺はそんなことしたことねェ。


でも、なんか分かった。大事なもんはちゃんと守りてえって思う。


チラリと床を見た後、羽央は俺の手をとり下りる瞬間ぎゅっと手を握ったが、床に足がつくと勢いよく離された。


羽央にとっちゃ手を取ることなんて何でもねえことなのかもなァ…


『匡さんにやってもらった方がよかったんじゃ。余計面倒でしたよね…?』


そんな気使う必要ねェだろ。友達の壁を壊すどころか、それじゃ友達以下の気のつかいようじゃねェか。


気にすんなって言っても俺の中で何かがくすぶっていた。


『ありがとうございました。』


きちっと頭を下げてお礼を言われ、はっと気付く。俺がしたことは無意味じゃなかった…


さっき一生に一度の思い出とか言ってたし、自分の気持ちが先にきちまって、羽央の気持ちを汲み取れてなかった。


結局、俺が大人になりきれてねェってことか──気づきたくなかったなァ…


「……おゥ……帰るか…」


そこからは、またいつもの俺達になる。


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