『Angel's wing』

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不知火side


コポコポッ……


真夜中だってのにキッチンには淹れたてのコーヒーの香りが漂ってる。


ドライブするのにコーヒーまで用意するのは俺らしくねえと思うが、羽央の為なら全然、面倒くさくねェんだ。


おまえに対する気持ちに気付いたのは練習試合の後の一言だったと思うが、あの時、急に芽生えたもんじゃねェ…。


ホッケーや食事にしろ俺が勧めたものは気に入ってくれたし、俺と似てるところがある。


好きなものを共有してるうちに、気持ちを持ってかれてたんだろうな…


だから…あそこに行って確かめてェ…


寝むそうな羽央に声をかけるとシートを倒し、暫く走るとゆっくりとした寝息が聞こえてきた。


ちらっと横目でおまえを見ると、首を傾けガラスに頭を預けるように眠っているのが見える。


好きな女と二人っきりの状況なのに押し倒してえっていう思いより、その無防備さが嬉しいってのはなんでだろうな…


一本道とはいえ、明かりがない視界に入るのは夜空に輝く星とヘッドライトだけであの時のことを思い出す。


行こうとしてる湖を知ったのはチームメイトのフィルに連れてこられたからだ。


ホッケーチームに入ったばかりの頃、俺は他の奴等と打ち解けようともせず、チーム練習でも浮いてた。


聞き取れない話と笑い声。一番下手な俺のことを馬鹿にしてんのか?なんて疑心暗鬼になって。


今考えると馬鹿らしいが、みんなこの町が好きだオーラ出してたから反発する気持ちも強かった。


俺は自分の意思でここに来たんじゃねえって思いがあったし。


“ホッケー上手くなれる場所があるけど行くかい?”


そんな事を言われ、俺はほいほいとフィルの誘いにのった。


あの日も真夜中に待ち合わせ、こんな時間に開いてるスケートリンクがあって練習するんだろうくらいに思ってた。


真っ暗な森の中で降ろされた時、フィルの手にはでっかい水筒と懐中電灯。


正直、金目当てで殴り殺されるか、それともそっち系の奴で俺の体目当てとか…最悪の二択が頭に浮かんだ。


俺よりもがっちりした体形のフィルに勝てるっていうか…逃げ切れるのか…?


「本当にホッケー上手くなるんだろうなァ?」


無言の空気に耐えきれずそう言うと、聞き慣れねえ単語をすげえ早さで並べられ全然わかんねェ。


懐中電灯を手にしたフィルの笑顔は不気味だったが、結局ついて行ったのはこいつがチームで一番ホッケーが上手かったからだろうな。


湖の手前まで来たフィルは水筒からコーヒーを注いで俺に手渡した。


「匡、あと10分で君の世界が変わるよ。」


俺にでも分かる簡単な単語……さっきとえらい態度が違うじゃねェか…コーヒーに薬とか入ってねえよな?


なんか全ての会話が俺を口説いてるように聞こえて仕方ねェ…


フィルがコーヒーを飲んだのを見て、俺も口をつけた。まァ、スピードじゃ負ける気はしねえからなんとかなるか…


湖のことをフィルは説明しはじめたがよくわんねェまま、俺は懐中電灯に照らされる湖面を見ていた。


だがフィルは突然説明をやめ電灯を消すと“これを見せたかった”と呟いた。


今まで見たこともねェ光景だった。“すげえ”って言葉しか思い浮かばないのは俺の頭の悪さだろうが…


あっという間に変わっていく湖の姿にただ、ただ圧倒的なパワーを感じた。


ここに来たから見えた景色。山しかねえと馬鹿にしていた場所にすげえものを見せつけられて、何も言えねェ…


「気にいったか?」


「ああ…やられたぜ…」


気の抜けた声が出た。こっちに来てこんなにリラックスしたことはなかったかもしれねェ…


「匡がホッケーを好きなのはわかる。だけど、ここは好きじゃないよな?俺達はここが好きなんだ。ホッケーと同じくらい…

だから、匡にもここを好きになってもらいたかった。チームは小さくても大好きな町の名前がついたチームは俺達の誇りなんだ。」


俺にもわかる単語でゆっくりと話すフィルの顔は、湖に反射する光ではっきりと見えた。


その力強さ、真剣な眼差し。人に向き合う心。俺にはないものばかりで胸の奥が疼く。こういうのが欠けてた…


練習をしてる時も俺はチームメイトに壁を作ってたが、ホッケーは一人じゃ出来ねェ…


初めてホッケーをテレビでみた時の衝撃は、早い動きの中でパスを回しゴールを決めるチームとしての完成度。


なんかふっきれた……


「フィル、俺はホッケー上手くなるぜ。お前よりな!」


「ははっ、そりゃいい。楽しみにしてる。」


二人して冷めたコーヒーで乾杯したな…


フィルとはそれから色々話をして、他のチームメイトとの仲も変わっていく。


そのうちの一人がリンクに勤めていて、リンクの整備と引き換えに練習する時間が増えていった。


楽しかったし充実していた──


このチームの奴等は夏でもちゃんと練習を続けるし、他の町の奴等よりはがんばってる。


気づけばチームで一番上手くなっていた俺はもっと上を見たくなった。


もっと強い奴とプレーしたらって──…


このチームを誇りに思う気持ちはある。仲良くなっちまえばみんな真面目でいい奴ばかりだし。


仲間を裏切る事になるのと自分に自信がねェので、それを口に出せずにいた俺の目を覚まさせたのは…おまえだ…


スピードを少し落とし横を見ると、ぽかーんと魚みたいに口を開けて寝ていた。


「くっ……くっ……」


ムードねえなァ…笑っちまうが、嫌な気はしねェ。そんな自然体のおまえが好きだ。


羽央ならあれを見たらきっと喜んでくれるよな?


おまえの笑顔を想像した俺は時計を確認し、少しアクセルを踏み込んだ。


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