『Angel's wing』
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不知火side
ラウンジで勉強すると一緒にいれるが、そんな所で喜んでる場合じゃなかった。
「これの意味わかるかァ?」
『どこですか?それ、前にもありましたよね。意味は…』
教えてやるくらいのつもりだったが、数日の間に立場が入れ替わっちまった。
俺は取りあえず一通りやってわからねえ所を後で調べるが、おまえはまるで違う。
問題を解きながら知らねえ単語や熟語をレポート用紙に書き出していき、次の日になるとルーズリーフに整理してある。
一度調べた単語は大体憶えちまうのは、そういうやり方をしてるからか…
それをなるほどなんて思いなが見ても、面倒くさくてその場で調べて終わりの俺。
だんだん話しかけれねェ雰囲気になって、お互い黙々とプリントに向き合うだけ。
『それじゃあ、また。』
担任に渡されたプリント五枚こなすとぐったりとしちまう俺をよそに、おまえはやりきったという顔で寮に戻っていく。
テーブルに持っていたものを放り投げ、背伸びした俺は凝った首を左右に動かすと大きく息を吐いた。
「ハァ…リンク行かねえと…」
ホッケーが出来るってのになんで情けねェ声だしてんだ?
きっとあれだ…
一人でリンクにいた時に会ったチームメイトに“ガールフレンドに振られたのか?”なんて言われちまったせいか。
まだ、そういう仲じゃねえって説明するのもなんだし適当にあしらったが。
月曜はリンクに一緒に行けても他の日はテンション下がるよなァ…
リンクに行けばそのことは頭の外に追いやって、練習に集中するけどよ。
TOEFLの試験は毎週あって、取り合えず受ければなんとかなると思ってたがいい結果は出ねェ。
試験で結果出してから気持ちを伝えようなんていってたら、手遅れになるんじゃねェか?
そんなことを考えても行動に移せねェまま時間が過ぎていく。
「Kyou〜!」
チームメイトの妹が教室にやってきた。半年前にチームの練習を見に来て、二、三回会っただけなのに馴れ馴れしい女。
“ランチを一緒に”って腕を絡めてきやがって、香水のきつい匂いに顔を背けるように腕を振り払った。
『私、ちょっと寮に戻ります。それじゃぁ…』
おまえは少し俯き加減に俺の横を通り過ぎていこうとする。
なぁ…その顔……ちょっと期待しちまうぞ…絶対、この女のこと勘違いしてんだろ?
咄嗟におまえの腕を掴んだ。
「戻んのは飯の後でもいいだろ?」
『でも…』
「英語聞きながら、飯食いたくねえし。」
名前も思い出せねえ女に、ここに来んなと言うと駐車場に向かった。
カフェテリアに行ったらあの女は絶対ついてくるしな…
妙に心臓がドクドクしてる…車に乗り込んだが、頭の中がぐるぐるして落ちつかねェ。
羽央が俺のこと好きって可能性はあるよなァ…あの顔は間違いなくショックを受けてたし…
だけどなァ…頭悪いし30歳を超えても学生してる自分に自信がなくなってきた。
おまえとじゃ歳離れすぎてねえか…って羽央は何歳だ?今まで歳なんて気にしたこともなかったが聞いてみた。
『28ですけど…』
予想外の答えが返ってきた。二十代前半…その位に見えたのに俺とそんなに変わらねェ。
大人だからか…面白いって言ってたホッケーより仕事に繋がる勉強を優先できんのは…
無邪気なおまえのイメージが変わっちまって、親の仕送りで学校行ってる俺はどう見えちまうのか…
考え込んでるとオーディオのボタンを押して大音量に驚く羽央は子供みてえに慌ててた。
その顔みてたらなんか胸の奥が温かくなるのがわかる。あーこういうのを大事にしねェと。
頭で考えても仕方ねェ、気持ちは正直だ。
俺が気にしてたのは歳を言い訳にして上を目指さなかった情けねェ過去の自分。
そんなのに負けてられっか…
今のままじゃ何も変わらねェと、ドライブに誘ってみた。
『ドライブいくなら、彼女と行けばいいじゃないですか…』
何だよ…普通デートに誘ったら、行くか行かないかの二択じゃねえのか?おまえを彼女にしてえから誘ってんのに…
「誰のことだよ?」
『クラスに来た金髪の女の人。』
あいつか……そういえば、聞かれなかったから説明してなかったな…
チームメイトの妹と教えると歳を聞かれ、たしか18歳…と思って答えるとおまえは驚いてたがあんな女のこと気にする必要ねえだろ。
「ハハッ…体の発育はな。中味はガキだろ。」
それって…俺のことだ。自分の腹に包丁でも刺したみてえな衝撃が走った。
18でキャッキャしてんのはいいけど俺は?
日本にいる時は型にはめようとする周りに反発して、いざ惚れた女と向き合おうとすると自分を型に入れたくなる。
歳を気にしねえと思ったり気にしたり。なんだ…この気持ちが定まらねえ感じは……
『行こうかな…何時に出発ですか?』
落ち込みかけた俺はお前の一言で、持ち直すんだから単純だよな。
「それじゃあ二時に駐車場に来いよ。昼じゃねェから間違えんなよ?」
『え、夜中の?どこに行くんですか?』
この感じ…いつもの俺達だな…ほっとすると考えなくても言葉が出てくる。
「言ったらつまんねェだろ?」
『わからないと不安じゃないですか!』
不満そうな声の割に表情は明るくて、心配の色がねぇ…きっと楽しめるぜ?
俺は結局どこに行くのか言わないままラウンジを後にした。