『Angel's wing』

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翌日、教室にいくといつもより早い時間なのに匡さんがプリントを眺めていた。


『早いですね。』


「“珍しい”の間違いじゃねえかァ?顔に書いてあるぞ。」


荷物をおきながら隣に座った私の顔をチラリと見上げた匡さんは、口角を少し上げからかうように言った。


『確かに珍しいけど…せっかく授業料払ってるんだから出ないともったいないです。』


「まぁな…」


ため息が混じるような含みのある返事は、匡さんらしくない。


でも、やる気になったってことはいいことだし、それ以上は聞かなかった。


始業時間になると残りの生徒が一斉にそろい、ここは英語だけの世界に変わる。


休み時間になると匡さんは先生の所に行き、話しをしてた。


今までにはなかった光景だけど、積極的な姿を見ると私もがんばろうって思える。


次の日も私より先に来てた匡さんは結局二週間休まず授業を受けたけど、いつも私達とは違うプリントを解いている。


前に何やってるんですかって聞いたら“別に”って言われてそのまま。難しいのかな…


リンクには同じペースで行ってるせいか、匡さんは疲れてる顔をしてることが多くなった。


欠伸をする回数も多いし、お昼を食べてる時もぼんやりして手が止まった匡さんにさらっと聞いてみた。


『授業に出てなかった頃って、昼間何してたんですか?』


「寝てたなァ。存分に…」


時間の使い方は個人の自由。当たり前のことだけど、ここではもっと強くそれを感じる。


授業にこなくても怒らない先生や、趣味を満喫するクラスメイトは昼休みにマウンテンバイクで走ったり、ランニングしたり。


だから匡さんに口出しするのはどうかと思ったけど、やっぱり心配だった。


『じゃあ、今は寝不足ですね。すごくきつそうですけど大丈夫ですか?』


軽い感じで聞いたのは“おまえに心配されるほどじゃねェ”とか、元気な声を聞けると思ったから。


でも、匡さんは無言になってしまい口にしたことを後悔した。


『すいません、余計なこと言って…』


「謝んなよ。あァ〜自分が思ってるより体は正直だなァ。好きじゃねえことやると疲れが抜けねェ…」


『それって…勉強ですか?』


眉をピクリと寄せたのは図星だったのかな…大きく伸びをした後、トレイを手にした匡さんは立ち上がった。


「昼休みの間、寝てくる。」


『はい。じゃぁ、後で…』


少しでも疲れが取れるといいな…重い足取りの後姿を見つめ、心の中で呟いた。


だけど、午後の授業が始まっても匡さんは教室に戻らない。起きれないくらい疲れが溜まってたんだ…


放課後、先生に呼び止められ匡さんにプリントを渡して欲しいと頼まれた。


そこにあったのはTOEFL用のプリント。これって確か英語圏の大学へ入りたい人の能力テストだった気がする。


ここのESLは試験なしでも入れたけど、他のコースに入るつもりなのかな…


私が聞いても教えてくれなかったのには何か理由があるんだろうし、先生にも聞かなかったけど。


匡さんの寮の入り口は鍵がかかっていたけど、理由を説明して中に入れてもらい教わった部屋へと向かった。


薄いグレーの廊下には狭い間隔でドアが並んでいて、私の寮よりもたくさん部屋がある。


ここだ…数字しかかかれていないドアをノックしたけど返事がない。


寝てるだけならいいけど具合が悪かったら…


心配で鍵が掛っているだろう棒状のドアノブを下に押したら、するりと動いた。


『こんにちは……』


ゆっくりとドアを開け電気のついてない部屋を覗きこみ、声をかけたけど返事はない。


ベッドと机、小さなクローゼットがある部屋は私と同じ作り。


ブラインドが閉じた状態だけど日射しが隙間から入り込んで思ったよりも明るい。


盛りあがったベッドの布団はぐちゃぐちゃで、むき出しになった筋肉質の足が見えた。


見てはいけないものをみてしまったようで気まずいけど、プリントを渡すように頼まれたからで…


もし違う人の部屋だったらどうしようと思ったけど、机に置かれたバックが匡さんのだった。


ベッドまで行くと眠っている匡さんの顔は無防備で子供みたい。


髪の毛結んでないから、もちゃもちゃ…


『匡さん、プリント持ってきましたけど…』


大きな声を出したら驚かせるかと思っていつもより声を抑えた分、近くで話した。


するとカッと目が開き、思わず半歩後ずさった私のプリントを持った方の手首は匡さんの手に掴まれていた…


『あのっ…プリント……』


びっくりして声が上ずったけど、状況を理解したのか“机に置いといてくれ”と言うと匡さんは手を離した。


その言い方が不機嫌そうで…すぐに私に背を向けるように寝がえりを打った姿を見るとここにいない方がいいかもしれないって。


プリントを机に置き部屋を出ようとドアノブに触れた時、はっと思い出した私はベッドに戻った。


断わりもなしに触れたおでこはじっとりと汗ばむほど熱い。


掴まれた手首が熱かった……昼も残してたし…具合悪かったんだ…


『やっぱり熱ある…薬飲みました?ご飯は?』


力なく頭を振る匡さんに、日本から持ってきてたレトルトのおかゆを食べさせた。


差し出したスプーンに黙って口を開く匡さんは、大人しくて本当に子供みたいで変な感じ…


薬を飲んで横になった匡さんはだるそうに目を瞑り、次第にゆっくりとした呼吸へ変わった。


ベッドの横に椅子を置き座って様子を見ていると汗が出始め、額をタオルで拭っていた時──…


「 ん…………羽央…」


吐いた息に混じった音に、鼓動が跳ねた。


私の名前だよね?


初めて呼ばれたけど…知ってた?眠った状態で言うってことは夢に私が出てたってことで。


どうしたらいいのかわからずタオルをぎゅっと握り締めた──…


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