『Angel's wing』
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左之side
【熱も下がったので仕事に行きます】
翌朝メールすると返事が来たが、挨拶もねえ事務的な文面にため息が出た。
羽央にも気持ちを落ちつかせる時間が必要だろうと電話はせずに様子をみたが、二日経っても態度は変わらない。
このままじゃ、まずいよな…火曜の深夜に電話しようとしたらマサから電話が来た。
「左之さん、今も彼女の所?」
「いや、家だ。羽央が会ってもいいって言ってたぜ。土日が休みだからそのあたりで、都合つけてくれ。」
「ごめんなさい…左之さん…」
急に謝られた意味が分からず“どうした”と聞くと、マサの言葉に胸の奥がざわつく。
「彼女に頼んでくれたんだ…ありがとう。でも喧嘩しちゃった…よね?声に元気ないよ…」
いつも通りに話してたのにマサには分かっちまったか…
俺達の間に流れた時間。変わったと言い続けていたのに、わかりあえることに言葉がでねえ。
そんなことを考えても、意味ねえよな…
心配してもらう必要はないし俺達はきっぱり片をつける時が来たんだ。
「喧嘩なんてしねえよ。まあ、おまえがテレビに出てたの見たらしいから、気にはしてたんだろう…ちゃんと会った方が納得できるしな。」
「そう…左之さんって本当に優しいね。…そういう所、やっぱり好き。」
平然と言ったつもりだったが、マサの口ぶりで嘘を見抜かれているのがわかった。
“好き”って言葉だけ聞くとあの頃と同じだが、俺の心には熱いものは感じない。
鼓動は冷静なまま……これが証拠だ。手帳をペラペラ捲る音が聞こえ、黙って待った。
「土曜のお昼なら空いてる。場所はこっちで決めて連絡すればいい?」
「ああ。それで構わねえ。」
「じゃあ、また連絡する。仕事で疲れてるのにごめんなさい。それと彼女と早く仲直りしてね?おやすみなさい。」
マサは感情を隠さない子供みたいな所があるが、相手を気遣う余裕がある。
やっぱり大人だ…何考えてんだ俺は…?
マサは過去と割り切ってるつもりだが羽央と比べちまってた。
もちろん俺は羽央を愛してるしそれはマサもわかってるだろうが…
俺を好きだという気持ちを持ちながらどうして俺達の仲直りを心配できるんだ?嫉妬とかしねえのかよ…
お嬢さまで愛されて育ったマサは、自然と人を思いやる余裕があるのかもしれない。
付き合っていた頃には気付かなかったが…元々あったものなのか…電話を切ったが落ちつかねえ。
翌日、仕事を定時に終わらせ羽央のマンションに向かった。
離れはじめた距離を感じると待つことがいいとは思えねえ…
インターホンを押すと帰ってきてなかったが、あえて連絡しなかったから仕方ない。
部屋の前で待つのはなんか抵抗があって、マンションの入り口に戻ると、風はヒューと音がするほど強くなった。
流石に外はきついな…吹き付ける風が半端なく冷てぇ…
『左之さん…?』
羽央が帰ってきたのは俺がここについてから四時間も経ってから。
お互いぎこちない会話をしつつ部屋に行くと、茶の用意に行こうとした羽央の腕を掴んだ。
こんな風に気をつかっても…何も解決しねえ…
「マサに会うの、今週の土曜でいいか?」
掴んだ腕が強張るのを感じたが答えを聞くまではと、黙っていた。
『…大丈…夫…何時ですか?』
自分に言い聞かせるような羽央は、どこまでいっても強がるのか?
嫌なら嫌って言ってくれたら…はっきり言われば俺がなんとかするしかねえって思える。
羽央が苦しんだら意味ねえ…
「大丈夫じゃねえだろ?そんな嘘も見抜けねえほど俺は鈍くねえつもりだ。」
『離してっ…』
俺が本気で抱きしめる腕の中で暴れたって、痛くもない。
離したくねえし離せねえのは、俺が一番大事なのはおまえだから…
「羽央の気持ちはわかってる。マサとなんて会いたくねえって。だけどおまえは優しいから頼まれたら嫌って言えなくて、無理してるんだろ?」
『それなら…なんでっ…』
感情を露わにして俺を責める羽央を見ても、全然苦痛じゃねえ。
どんな姿を見ても新しい一面を見たという感情しかわかない。
それだけ俺は羽央に惚れてる…だからこそ、過去に思い残すことがあったら駄目なんだ。
心にひっかかるのは…マサのこと…
「マサは昔の俺の言葉を信じたまま生きてきちまった…」
俺の未熟さを露呈する話を聞いた羽央からは次第に怒りが消えていった。
“過去は過去できっちりさせねえと駄目”なんて格好つけても、女を守るべき男が助けを求めてる…
そんな情けねえことをしてでも羽央との未来を手に入れてえ。
俺が男として守りてえのはおまえだけだと、羽央にわかってもらうしか…
誓うように優しく触れるだけのキスをした──
「もし、三人で会って俺が羽央を愛してるって感じられなかったらその時は、俺をふっちまえ。言葉にしなきゃ伝わんねえ愛なんて本物じゃねえ。」
大袈裟かもしれねえが別れをかけてもいい位の覚悟だった。
羽央の心を愛で満たせねえ男なら必要ねえだろ?
そんな男に成り下がらねえ自信はあった。