『Angel's wing』

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左之side


付き合いだしたが急に距離を縮めるとひかれちまう気がして、家へ帰る時も羽央の最寄り駅は素通りだった。


お互い一人暮らしなのに会うのは週末だけ。正直もっと会いてえよ…


それでも、羽央にキスすれば照れたり呆けたり…気持ちは見えてる。


確実に羽央の心から旦那が消えはじめてるのを感じて、これでいいんだと自分に言い聞かせていた。


羽央の家に遊びに行った時は、初めてじゃないのに浮足立った。


手料理を作ってくれて俺が新八みたいにがっつくとは…でもいいもんだよな…


付き合って間もないのに一緒に暮らす姿が自然に想像できて、結婚ってものが近くに感じた。


俺の為に作ってくれた料理は外食で得る満足感とは比べ物にならなくて、礼を言った。


『そんなことないです。でも、口に合ってよかった。久しぶりに作ったからちょっと不安だったんです。』


謙遜してるのかと思ったが、少し寂しげに笑う顔をみたらその理由はすぐにわかった。


旦那に作ってた料理か…胸の奥がチリチリと音をたてはじめる。


この年まで付き合った奴がいねえなんて、あるはずねえのはわかってるが…


さっきまでの明るい空気が陰を潜め、気まずそうな羽央を俺の足の間に座らせた。


抱きしめても黙っている羽央の気持ちを知りたくて、当たり障りないことを聞いてみた。


「今度は俺の好きなもの作ってくれるか?」


『いいですよ?左之さんは何が好きなんですか?』


安心したような声に、俺の中で小さかった嫉妬が一気に燃え上がった。


旦那のことでも言われると思ってたのか?見えない敵はおまえの心の中にいて、手が届かねえ。


俺で羽央の心を満たさねえと消せねえんだろうが…今一緒にいるのは俺だ…


ゆったりとしたセーターの首元から鎖骨が目に入ると、堪らなくなった。


髪をさっと持ち上げ首筋を味わうようにキスすると、少し吸うだけでやわらかい肌が舌に当たる。


キスするたびにもっと…と体が熱くなる。同じ熱を感じたくて振り向かせると無防備な口から舌をねじ込んだ。


羽央の小さな舌は遠慮がちな動きだが、背中を仰け反って俺に身を預けていた。


『……ァ……ん……』


吐息まじりの甘い声が漏れはじめ胸へ手を伸ばすと、羽央の体はぴくりと反応した。


だが手をセーターの中に入れやわ肌に触れた途端、俺の手は弱く…だが確実に拒まれた…


なんでだよ…行き場がなくなった熱はどこへやればいい?


濡れた唇が離れても…羽央を求める体を落ち着かるのには時間が必要だった。


半月も付き合ってたらしたっておかしくねえよな…何が羽央を止めるんだ?


指輪か……羽央と付き合うようになれば、自分で外すと思っていたが今だにそれは薬指に居座っていた。


自分で頼むなんて格好悪いが、ここまで邪魔されちゃ仕方ねえよな…


『ごめんなさい…嫌な思いさせて……』


羽央は慌てた様子で指輪のある指元を右手で隠した。


「悪い…ガキみたいなこと言っちまって。気にすんな。」


指輪ごときで喧嘩なんてと冷静を装っても、この場で外さなかったかったことに少しばかり引っかかった。


旦那の存在が羽央にとって大きいのは、話を聞いたからわかってるつもりだけどな。


日常から離れられる所に行ってみるか…


温泉旅行に誘うとぱっと顔が明るくなった羽央を見て、そこまで待つことにした。


俺が待つとは…学生の頃には考えもしなかったが…大人になったってことだろうな。


なんて思ったが、家に帰ると思った以上にダメージを受けていた。


「おまえの身も心も、俺のものにしてえよ…」


携帯を手にしたが、話をしたら本音が零れ落ちそうな気がして電話はしなかった。


朝一で携帯を見ても画面は綺麗な状態。俺から連絡しねえと…羽央からはメールもこねえのかな…


熱いシャワーで気持ちを切り替え会社に行くと、佐々木がミスって面倒なことになっていた。


昼飯も抜きで動きまわりなんとか収拾がついた時には定時を過ぎ、窓の外は真っ暗。


休憩するか…缶コーヒーを買いやっと腰を下ろした。携帯を取りだすと点滅していて羽央からのメールに顔が綻ぶ。


“左之さんの好きなもの聞きそびれました”って、次があるってことだよな?仕事頑張ったご褒美みてえだ。


メールの時間を見れば昼でこんな時間まで返事しねえと、不安にさせちまったか?


忙しかったことと食いたいものを短く書いてメールした。こんなやりとりで疲れが吹っ飛んだ…


あいつらも頑張ってたな…デスクに戻った俺は、同期の奴らに声を掛け飲みにいった。


スーツのポケットで震える携帯を取り出せば羽央からの着信で、何かあったのかと思ったが忙しいとメールした俺を気遣ってくれた。


それなのに、佐々木が絡んできて話せる状態じゃねえ。


「原田ぁ〜誰なのぉ〜彼女とかぁ?ちょっと先に結婚する気じゃないでしょうねぇ〜」


こう騒がしくちゃな…落ちつかねえ…電話は一旦切ったが、羽央のことが気になって早々に飲み会を切り上げた。


電車を降り電話を掛けるとすぐに聞こえた羽央の声。待っててくれたんだな…


酒が入ってるせいか嬉しさを隠しきれねえよ。こんな顔…おまえには見せたくねえ…


“好きだぜ”って言ったら恥ずかしそうな羽央が可愛くていじめたくなった。


「聞こえねえなぁ…ちゃんと言ってくれ。」


『好きです…ょ?』


照れ隠し…それでも素直な羽央が好きだぜ…


「じゃ、今度会った時に言ってもらうとするか…」


そこまで言うと返事は聞こえねえ。いじめすぎたか…


「電話もらって嬉しかったぜ。」


話してると会いたくなっちまうなぁ…


『もう、遅いから寝ないと…左之さんも帰ったらすぐ寝てくださいね。おやすみなさい。』


なんで急に早口に?そんな慌てなくても…俺…会いたくなったって声に出して言ってねえよな?


疲れて飲むと酔いが回りやすいから気をつけねえと。


一日の終わりに羽央の声を聞けるのはやっぱり嬉しいもんだ。


「おやすみな。」


俺の一番大切な羽央を困らせないように電話を切った。


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