「Angel's wing」
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泣くつもりなんてなかったのにひとりでに溢れた涙の理由は、すぐにわかった。
後悔──…
総司のこと…普通とは違う生活しかできなくても一緒にいたかったし、愛してた。
私が総司の苦しみを軽くしてあげることが出来ていたなら…
原田さんみたいに言えたなら、今は変わっていたのかもしれない。
話したら楽になれるのかもしれないけど…私の過去は総司のことが殆ど。
考えるだけで苦しくて、言葉にするのは辛すぎるけど“渡せ”と言われると心が揺れる。
今まで、苦しい思いを抱えて頑張ったんだから話して楽になればいいって。
原田さんの優しさに流されてしまいそうになる…
「俺ももうガキじゃねえ。好きだっていう気持ちの先には結婚があるって思うからこそ、羽央のことを知りてえんだ。」
私の迷いを断ち切ろうと、きっぱりと言い切る声は私との違いを感じさせた。
原田さんとの将来…正直、考えたことがなかった。私が考えるのは今、一緒にいることだけ…
総司の時もそう…私には親がいなくて人としての道しるべがないからか…未来の色んな可能性を考える力が弱い。
私はどこに向かいたいんだろう…何を求めてるんだろう…それがわからないなんて…
普通なら分かるのかな…自分だけ置いてけぼりにされてるような気分になった。
楽にしてやりたいっていうのは原田さんの優しさだけど…私の過去は普通の人は経験しない出来事ばかりで、きっと理解されない。
結局、他人に話すことは危険だって言っていた総司の言葉が私を止める。
『話せないです…普通じゃないし…』
ぼそぼそと答えると腕を解いた原田さんは私の体をくるりと振り向かせ、手を握るとしゃがんだ。
悪いことをした子供を諭すような口調で話す原田さんの顔が俯いていても視界に入る。
「普通ってなんだ?俺だって何年も女と付き合ってないし、普通じゃない。普通なんて思いこみに過ぎねえしあってないようなもんだ。
俺は羽央のことを知りたいんだ。おまえがどう生きてきたのかを知らないと、本当の意味でおまえを理解することなんてできねえだろ?」
突き放しても諦めない…そのまっすぐさは私が失くしてしまったもの。そう思うと心の中に何かが沸々と湧きあがってくる。
過去を知らないと理解できない…原田さんの考えは正しいと思うけどそんなに簡単なことじゃない。
そもそも[普通]の意味が違う。私は人としてこの世に存在してなかった──
卑屈な気持ちで原田さんを見ると、お医者さんみたいに“何でも言ってごらん”みたいな表情をしていて、膨れ上がった感情が爆発した。
もう、こんなの聞きたくない…勢いをつけて手を振りほどくと私は叫んだ。
『何がわかるの!?原田さんに私の気持ちなんてわからない!!』
「話しもしねえで決めつけるなよ。」
原田さんは私の味方だったのに怒らせて…嫌われた…呆れたような口調に涙がぼろぼろ零れた。
でもこれで良かったんだ…今、私を好きだと言ってくれても、いずれ離れていく気がする。
これ以上心を許したら、別れが来た時立ち直れないほど傷つく。それなら、今終わりにしてしまえばいい。
『わかるわけない……』
突き放すように睨んでそう言ったけど、まっすぐ私を見つめる原田さんの眼差しは揺るがない。
諦めない…そんな感情が伝わって、頭に血が上った。
私は諦めるしかなかった…そうしなきゃ生きてこれなかった……
一番欲しかった…総司の子供…三人で笑う未来……
どれだけの苦痛を感じても手に入れたかった…
『私には記憶がないの…だから過去なんてないし話せる訳ない!これで満足した!?』
叫ぶように言い放つと、出したことのない声の大きさに喉の奥が痺れてジンジンした。
言葉にしてもおさまらない気持ちを抑えようと、爪が食い込むほど手を握りしめた。
卑屈な態度に自分が嫌になる。自分で自分を惨めにさせた…
でも、これで終わる。ここまで言ったら原田さんは納得するって…
『ふふっ…』
笑う私からは涙が消えていた……笑いながら泣けない。二つのことは一度にできない不器用なのが私…
原田さんの顔がまともに見れなくて、空を見上げた。雲しか見えないどんよりとした光景が私にぴったりだった。
同情されても…好奇の目で見られても…どっちにしろ、私を見る目は変わる。
原田さんの反応にショックを受ける前に笑い飛ばした。
結局は弱い自分を隠したかっただけ…
急に視界が揺れたと思うと原田さんの腕の中にいた。
「羽央…俺と一緒にいてくれ。どこにも行くな……」
その言葉を聞いて長いトンネルの中で出口の光を見た時のような喜びと安堵があった。